戦 い 










 鋼の二つ名を持つ国家錬金術師、エドワード・エルリック。

 リオールを後にし、表向きは大総統の命によるエルリック兄弟の追跡という名目で彼の故郷である

リゼンブールへと赴いた私は、そこで図らずも思わぬ人物と出くわした。

 彼の父親、ヴァン・ホーエンハイムである。

 最愛の恋人エドワードから、彼は十数年前に家を出たきりだと話には聞いていたが、まさかこんな形で

こんなに早く出会おうとは思ってもみなかったので、柄にも無く少々緊張気味だ。





 そんな、エドワードを生涯の伴侶と決めている私にとって、彼の父親たる人物への挨拶は決して

避けては通れぬ道。

 後にも先にもこんな経験はきっと二度としない。それだけは断じて誓える。

 仮にも彼の大切な息子を奪ってしまうのだから、少なからず私に対して嫉妬や敵意が向けられる

可能性もあるだろう。

 14という年の差を知って驚かれるだけならまだしも、もしかしたらショ○コンと罵られるかも知れない。

 もちろん、反対されてすぐに引き下がれるようなら、私は彼を選びはしなかった。

 例え何と言われようとも、一生をエドワードと添い遂げる決意に変わりは無い。

 だが、出来るならなるべく穏便に済ませたいというのが正直な所。

 長年、錬金術の研究と称して母親や自分達を放ったらかしにしていた身勝手な父親だと、エドワードは

かなりの反発を抱いているが、それでもやはり、自ら選んだ相手である私と父親が不穏な仲になる事態を

決して望みはしないはず。

 家族として祝福して貰えるならば、こんなに嬉しいことは無い。

 幸いにも、第一印象の彼は人柄的にも何ら問題はないと思われた。いや、むしろ好印象であると言える。

「失礼、ヴァン・ホーエンハイム氏でいらっしゃいますね?」

「・・・・君は?」

「申し遅れました。わたくし、国軍大佐を任されておりますロイ・マスタングと申します。以後お見知りおきを」

 まずは、お近づきになる所から始めてみよう。












 その日の夕刻。

 ロックベル家に一夜の宿を願い出た私は、同行した部下をそれぞれ部屋で休ませたのち、ホーエンハイム氏

と二人で酒を酌み交わしながらテラスでテーブルを囲んだ。

「・・・・しかし、大総統はご結婚なされており、奥方やご子息もいらっしゃいますし」

「ホムンクルスの中には、見た目の年齢を変えられる者も存在する。子どもは養子かもしれんな。それに・・・・」




 ・・・・とりあえず、義理の親と接する為の常套手段、『世間話(?)』 から入る作戦は成功だ。

 このまま会話を滑らかに進めて、程よい頃合を見計らった上で一気に本題へと突入する!まさに完璧な作戦!




「・・・・・・・・」

「・・・?・・・・どうかなさいましたか?」

 心の中で勝利の雄叫びを上げそうになるのをグッとこらえて、あくまでも冷静に話のやりとりをしていると、

ふいに彼は黙り込み私の顔をじっと見つめてきた。

「いや・・・・いつも私の息子達が迷惑をかけているんだろうと思ってね・・・・。いくら国家資格を取ったとはいえ

所詮まだ子どもだ。・・・・まぁ、こうなったのも元はと言えば私のせいなのだが・・・・」

 グラスを口に運ぶ手を止めて、彼はいかにもすまないといった表情でわずかに微笑む。




 そんなっ!迷惑だなどと・・・・っ!




「・・・・とんでもない。彼らは良くやってくれていますよ」

 思わず叫びそうになってしまった言葉を飲み込んで、こちらも何食わぬ顔でにっこり笑みを返した。

 ・・・・・・ふぅ、危ない危ない。

 そう、私はむしろ感謝したいくらいだ。

 なにせ、彼らにあれだけの才能と技術がなければ、私とエドワードの出逢いもまず無かっただろう。

 そしてそれらをこの世に送り出してくれたのは、他ならぬ目の前の男性なのだから。

「大人達の中でひけをとるどころか、軍の中には一目置いている者もいるほどです。それに彼らは・・・・・あなたの、

自慢の息子さんでしょう?」

 エドワードのこれまでの軌跡を脳裏に思い浮かべ、感慨に浸りながらグラスを傾けようとした時、突然持つ手とは

反対のテーブルに置いていた左手をがしっと掴まれた。

「分かってくれるか!マスタング君!」

「・・・・はっ・・・・・・・・え?」

 テーブル越しに身を乗り出してくるホーエンハイム氏の瞳は、キラキラとした輝きを放っている。

 さながら、この夜空に煌めく満天の星々のように。

「いやぁ、人に話すのは気恥ずかしいのだが、私とトリシャは熱烈大恋愛の末に結ばれてね。彼女との間に

子どもを授かった時には本当に嬉しかった。年を置かずに二人目が生まれた時にも、もう天にも昇る心地と

言うんだろうか。私達の愛の結晶だと思うと、とにかく舞い上がってしまってね。彼女に大げさだとよく笑われた

ものだよ」

「そ・・・・そうでしたか・・・・」




 ・・・・・何だか・・・・このシチュエーションは誰かさんとの会話に非常に良く似ている気がする・・・・。




「特にエドワードは、今でこそあんなに勝気な性格だが、小さい頃は本当に素直で愛らしくてね。パパ、パパと

後を付いて離れないもんだから何をするにも一緒で。ああ、そういえば、あの頃は風呂に入れるのやおしめを

変えるのも妻より私の方が多かったなぁ」




 なに!?




「ふ・・・・風呂・・・・ですか・・・・」

 ・・・・いかん、いかん。これくらいで取り乱しては・・・・。

 そうだ。相手は父親だ。そりゃ当然、子どもを風呂に入れたりするだろう。濡れたおしめを取り替えもするさ。

 軽く動揺してしまった私に気づく素振りもなく、彼はその頃を懐かしく思うのか、瞳を閉じて天を仰ぎ話を続ける。

「湯船の縁に掴まって、丸くてぷりぷりな桃色のお尻をぷかーっと浮かせたりしてよく遊んでいた。子ども心に

自分と父親のナニの大きさが違うのも気になるらしくてね。すかさず手を伸ばしてこようとするから、こっちも

反撃して軽くピンッとはじいてやると、それが面白いのかとても喜んでいたよ。本当に、あの頃が懐かしい」




 は・・・・はじいてっ!?・・・・・・・ぐはぁっ!




 まさか・・・・目の前の人物は何もかも全部分かっていて、あえて私にダメージを与えようとしているのでは

ないだろうか。

 あり得ないとは分かっていても無性に疑いたくなってくる。

 恋人のそんな小さい頃の愛くるしい姿を想像させられたら、もうひとたまりもないというのに。

「どうかしたかい?」

「・・・・・・いえ、何でも」

 その妄想だけで血が昇りそうになり、思わず口元を押さえた拍子にガタッと椅子を鳴らしてしまった私に、

ホーエンハイム氏は不思議そうな表情を向けてきた。




 落ち着け、自分。何の為にここにいるんだ。全てはエドワードとの幸せな未来の為だろう。

 ここでつまづいてどうする!




 心の中の焦りをひた隠しにしながら努めて冷静に椅子を直していると、彼はおもむろにフッと柔らかく微笑む。

「まぁ、そういう訳で、私は子ども達が可愛くて可愛くてならんのだよ。家を離れている間も、彼らを想わなかった

日は一日たりともない。・・・・・たとえ何があっても必ず守ってやりたいんだ。この命に代えてもね」

「あ・・・・・」









 ――――― そう言った、彼の姿は。

 どこにでもいる、子どもを思いやる父親のそれと全く変わりは無かった。

 この先に、いったい何が待っているのか。

 きっと彼は何もかもを承知の上で。それはもしかしたら、自分の運命でさえも。

「・・・・大切な、存在なんですね」

「・・・・ああ」

 はにかんだ笑顔がとても幸せそうに見えて。

 胸が・・・・切なくなった・・・・。




 ―――― きっとあいつも、同じだったのだろう。

 無償の愛は。

 例え離れていても。

 包み込むように。

 そっと、慈しむように。




 ―――― 敵うわけがない。少なくとも今の自分には。

 当初の目的を果たす気概は、もう無くなっていた。

 けれど、やがて必ず叶えられるだろう穏やかな未来は、私の脳裏に静かに描かれ始めてゆく。

 それは、遠くない世界で、着実に動き出す。











「それにしても ―――― 」

 しんみりとした空気を払拭するかのように発した私の声に、彼がゆっくり目線を合わせる。

「こんなに深く愛されて・・・・もし嫁にでも行く時がきたら、きっと大変なんでしょうね。はははは」




 ―――― 軽いジョークのつもりだったのだが。




「・・・・嫁・・・・・・?」

 瞬間、聞こえていた声のトーンが変わり、室内から洩れてくる明かりが彼のメガネに反射し、キラリと光る。

 奥に隠れた瞳が読めなくなり。

 沈黙が、流れる ―――― 。

「・・・・・おかしな事を言うね、マスタング君・・・・・。エドワードの場合は・・・・・嫁じゃなくて婿だろう・・・・?」

 違うかい・・・・? と、相変わらず光ったメガネのままで問われた途端、背筋を一気に悪寒が駆け抜けた。

「そ・・・・そうでしたね。・・・・申し訳ありません、失言でした・・・・」

 幾分表情が和らいだように見えるものの、テーブルの上で両手を組み合わせ、少し俯き加減な為に頬にかかる

髪の陰に隠れた口元は、何かを自分に言い聞かせているようにも見える。

 心なしか、手も声も僅かに震えているように見て取れたのは、何が何でも気のせいだと思いたい・・・・。

 そんな私の心中などお構いなく、まるで気持ちを落ち着かせるかのように、彼の口からフーッ・・・・と一つ溜め息が

零れた。

「・・・・・そうだな。あの子もそのうち一人立ちして幸せな家庭を築いたりするんだろうね。それはそれで寂しい

気もするが、温かく見守ってあげたいと思うよ。・・・・だが・・・・・」

 彼の指先が動いて、カチャリと押し上げられるメガネの中心。

 ・・・・・体感温度が、やけに寒い。

「本当の意味であの子を嫁に欲しいと言い出してくる輩がいるのだとしたら・・・・・・それは捨ておけないねぇ・・・・・。

嫁にして・・・・どうする気なんだろうねぇ・・・・。どう思う?・・・・マスタング君・・・・」

「さ・・・・さぁ・・・・。どうするんでしょうねぇ・・・・」

 凍りつく顔の筋肉。




『いけない・・・・・まかり間違っても言ってはいけない・・・・・』




 ――――― その時なぜか、彼の姿の背後に大きな鎧の影が重なって見えた気がした。




 この親にしてあの息子あり。




 素晴らしい格言を残してくれた先人を恨めしく思いつつ、その遺伝子が間違いなく繋がっている事実を再認識

させられた私の長い夜は、こうして静かに更けていった。

 幸せの足音は、はたして遠ざかって行ったのか。









                                                             END




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           続・鋼44話触発されもの。 婿舅戦争勃発。(笑) が、即座に敗北。
           豆との甘い夜の前にこんなんあったらパパナイス!とか思ったんですが。
           やっぱり結婚は20代の内に・・・・とか考えてるんですかね、増田さんは。
           ヘタレでもいい、逞しく攻めて欲しいvv(殴)