銀の雫












                      辺りを包む  蒼紫の闇


                    肌に纏うのは  熱を孕んだ空気


                大地を照らすものは  ただ  降り注ぐ  星






                          吸い込まれ  


                         消えゆく蜜は


                        酷く甘いのだろうか









                     *    *    *    *    *







 大理石の床を、素足でペタペタと歩いてみる。

「あー・・・・これって気持ちいいかも」




 眞魔国、夏の第二月。




 夏の夜の蒸し暑さは、地球でもこの国でも大して変わりはない。

 あまりの寝苦しさに耐えかねて、おれは少しでも涼をとろうと血盟城の中庭にある噴水へと

足を運んだ。

 いつものようにベッドをヴォルフラムに占領されている為、その暑苦しさも三割増しくらいに

なっていたからだ。

 もちろんクーラーなんて気の利いたものは無い。

 もっとも、例えあったとしても、おれはまず使わないだろうけど。

「それにしても、いつになったらゆっくりと安眠できる日がくるんだろうか・・・・」

 自分の部屋で寝ろと何度言っても聞き入れないヴォルフに、おれは尚もペタペタと足音をさせながら、

はぁー・・・・と諦めにも似た深い溜め息をついた。






 血盟城の噴水は24時間営業。夜になってもその涼しげな水の流れが止まる事は無い。

 今のおれにとっては、かなり有り難かった。

 近くまで寄ると細かい飛沫が無数に散って、火照った体を潤してくれる。

 そっと水に手を浸す。

 冷たくて気持ちがいいのはもちろんだけど、何だか心までほっとするような気がする。

 しかもマイナスイオンたっぷり。



「こんな所で、どうしたんですか?陛下」

「うわっ!?」



 誰もいるはずがないと思っていたのに突然すぐ後ろで人の声が響き、おれは文字通り飛び上がり

そうなほど驚いてしまった。

「コ・・・・コココンラッド!?」

 バクバクと鳴り響く心臓に手を当てて、相手を確認する。

 足音も無く聞こえてきた声に振り返ると、そこにはいつもの人のいい笑みを浮かべた男が

静かに立っていた。




 あー、びっくりした!思わず何かが “でた” のかと思った!何かって何だと聞かれても困るけどさ。




「いきなりおどかすなよな!それに、陛下って呼ぶな」

「すみません、つい癖で」




 コンラッドは悪びれもせず、これまたいつものやりとりを終えると、おれの隣に位置取り石造りの噴水に

手を付きゆったりと寄りかかった。

 イイ男は何をやってもさまになる。ちょっと悔しい。




「眠れないんですか?」

「うん・・・・この暑さと人肌に耐えられなくて」

「ああ、なるほど」

 コンラッドは訳知り顔で相槌を打つ。

 あいつもしょーがないなー、と困ったような口ぶりだが、その瞳は笑っている。

 弟が可愛くて仕方が無い兄の顔だ。

 何だかんだ言いながらも、結局彼は弟に甘い。そしてそれは、ご多分に漏れず長兄も。

 心の中で、おれの好きなコンラッドの表情トップ3に入る彼の横顔を見つめていると、

ふと視線がかち合う。

「ん?どうかしましたか?」

「や・・・・別に・・・・」

 じっと見入っていたのを知られたくなくて、おれは慌てて空を見上げた。

 カッコイイ、なんて口にしようものなら、涼をとるどころか、あっという間に蒸し暑い部屋へ逆戻りだ。

 ただし、戻される部屋は自室に非ず。そして確実に別の意味であつくなってしまうのだ。




 ああ・・・・おれって、いったい・・・・。




 末期な思考に頭をクラクラさせながらも、眼前に広がるあまりにも見事なその眺めに一気に

魅せられていく。

 ここ最近、夜空を見上げることもなかったからまったく気が付かなかった。

 眞魔国は人工の光が少ないおかげで見える星の数が桁違いなのは知っていたけれど、今は

それに加えて眩いばかりの美しい運河が天高く散りばめられている。

 地球で言うところの、天の川だ。




「なぁ、コンラッド」

「何ですか?」

「天の川って、知ってる?」




 おれは空に流れる美しい星の集まりを見上げたままで、隣の男に聞いてみた。

「天の川・・・・? ああ、ミルキーウェイの事か。確か日本には、それにちなんだ伝説があるん

ですよね?」

 どうやらアメリカ滞在中に聞きかじっていたらしい。

「うん、七夕伝説って言うんだけどね」

「どんな話なんですか?」

 興味をひかれたらしいコンラッドに、おれが知りうる限りでの説明をする。

「うーん・・・・簡単に言うと、牽牛と織女っていう一組の夫婦がいて、それまで仕事熱心だった二人が

結婚を機に仕事放棄して、それに怒った妻の父親が二人を引き離し、その後一年に一度だけ夫婦は

会うことを許されたって話で、それがいわゆる七夕の日ってなってるんだけど」

「・・・・それはまた、心情的に何とも複雑な話ですね・・・・」

 彼は言葉通りの複雑そうな表情を浮かべる。

 説明の仕方はともかく、この話を聞いて当事者の二人に同情するのは、やはり万国共通なんだろうか。




 でもさ、おれはそうは思わなかったんだよ。




「おれはさぁ、コンラッド」

 相変わらず視線を合わせないままのおれの声に、コンラッドは顔だけを向けることで先を促した。




 何でかな。

 こんな風にアンタを見てると、それだけで何もかも全てを曝け出してしまいたくなるんだ。

 胸が苦しくて。

 息が、詰まるんだ。




「小さい頃に初めてこの話をお袋から聞かされた時、可哀相って思うよりも、むしろ怒りが勝って

たんだ」

 コンラッドは黙ったままでいる。

 おれは続けた。

「確かに自分の責任を全うしなかったのは反省すべき事だし、その報いも当然だけど、それにしては

やりすぎだ。そういう意味では二人に同情もするよ。でも、問題はその後だろ。一年に一度の逢瀬

なんて言われて、どうしてそれに甘んじていられるのかが分からない。たった一日お互いの愛情を

確かめ合って、また364日相手を想い続ける日々なんて考えられないよ、おれには」




 子どもっぽいって言われたとしても。  情では測れぬ道理があるのだとしても。




「胸を焦がすような恋をして、ただ一人の人と結ばれたなら、世界中を敵にしたとしても、誰に何を

言われても、おれはその手を決して離したりしない。それが罪だというのなら、かっ攫って地の果て

までも逃げてやる。絶対後悔なんかさせないし、それで地獄に墜ちたって、おれはきっと幸せだ」





 一生に一度の恋をしたならば。

 せめて悔いのないように。





「・・・・なーんてな。所詮ただのおとぎ話に熱くなるなって言われそうだけど」

 自分で言っておいて照れてしまったおれに、コンラッドは小さく 「いいえ」 と首を振った。

「いいんだって。結局はおれの自己満足に過ぎないんだから」




 それでも、誰かに聞いて欲しかったのかも知れない。

 いや、本当は、『誰か』ではなく、『彼』に。

 今の自分のこの気持ちを。想いを。

 たった一人の、運命の人に。




 おれに向き直ったコンラッドは、その距離を縮めるように静かに歩み寄る。

「俺がもし同じ立場だったら、きっと同じ事をするよ。それに・・・・」

 夏なのに、思いの他さらりとした手のひらが、頬にそっと触れる。

「ユーリにそこまで想われたら本望だ。後悔など、あるはずもない」

「コンラッド・・・・」

 まるで、おれ達二人がそうであるかのように、彼は真剣な面持ちで囁く。

 独特の、銀の虹彩を散らした綺麗な瞳。

 その瞳に、おれはどんな風に映っているのだろう。




「んっ・・・・」




 吐息までをも奪うように、唇が重なる。

 いつもよりも確実に熱を帯びている、柔らかな感触。




 それだけで。

 もう、どうにかなってしまいそうだ。




「っ・・・・はぁ・・・・・・・」




 口の端を伝う銀の糸。

 それをゆっくりと舐めとりながら、彼は静かに呟いた。




「誕生日おめでとう、ユーリ」




 思いがけない言葉に瞳を見張るおれの鼻先には、誰もが見惚れてしまうようなとびきり優しい笑顔。

「・・・・何で、知ってんの?」

 まだ、この国の誰にも言ったことは無かった筈なのに。

 今度はコンラッドが、これまた意外そうな顔で瞳を少し見開いた。

 ・・・・何で?

 だけど、それもほんの一瞬の出来事。

 腰を軽く引き寄せられ、コンラッドはおれの耳元で囁いた。

「・・・・愛の力だよ」

「なっ・・・・!」

 何て恥ずかしい事をサラッと言ってのけるのか、この男は!

 真っ赤になり、まるで金魚のように口をパクパクさせているおれを見て、彼は更に楽しそうに言う。

「ユーリからの誓いの言葉も聞けた事だし、これは是が非でも俺からのプレゼントを受け取って

貰わないとね」




 ・・・・何となく覚える危機感。




「いや、あの、コンラッドさん・・・・? 別にそんなに使命感に燃える必要は・・・・」

 彼が繰り出す満面の笑みが、おれをますます焦らせる。

 いやそれよりも、おれがいつ何にどう誓ったと言うのか。

「何を言うんだい?ユーリ。愛する人の生誕を祝うのは当然の事だろう?」

 途端にふわっと抱き上げられて、おれの体は完全に地面から離れてしまう。

「ちょ・・・・ちょっと待っ・・・・!」




 ・・・・失敗か?

 あまりにもロマンチックな雰囲気に流されて、思わず告白めいた事を言ったのが失敗だったのか!?




 ジタバタと往生際悪く暴れるおれを抱えながら、彼は蕩けるような甘い声で囁く。




「隅々まで、その髪のひと房まで、俺からの誓いを刻み込んであげるよ」




 ・・・・ああ・・・・もうだめだ。




 結局、そのままコンラッドの私室へとお持ち帰りされてしまったおれは、夜が明ける直前まで

人並みはずれた体力の持ち主に付き合わされるハメになった・・・・。










 ― 後日談


「なぁ、何でコンラッドはおれの誕生日知ってたワケ?」

「・・・・・ユーリ。今にも産まれそうな身重の母君を病院まで送ったのは、俺なんだけどね」




「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうでした」




 ああ、おれって、いったい。








                                                  END




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       七夕に間に合わなかったので、ユーリBDと一緒にしてみました。(爆)
       しかも、ちょっとおマヌケさん・・・・。
       ほんとはフリーにしようとしたんですが、きっと誰もこんな駄文は
       欲しがらないと思うので止めておきました。(凹)