まったく・・・
「えっ? じゃあ、まだ何も無いのですか!?」

「ですか!?」

「う・・・うん・・・・」

 森に囲まれた静かな宮殿の一室で、フィオはエリーゼとルシアンの二人から質問攻めにあっていた。

「信じられない・・・・。一体今まで何をしていたの?」

「何って言われても・・・・・休養?」

 エヘヘと笑うフィオに、二人は揃って溜め息をついた。

「せっかくお祝いしようと思ってたのに・・・・」

「残念ですね、姫さま・・・・」

「・・・・・お祝いって、何の?」

「決まってるでしょう? あなたとオージェルの結婚です」

「けっ・・・・結婚っっ!?」

 あまりにも唐突なエリーゼの発言にフィオは絶句した。

 オージェルと二人だけの長期休暇から戻った時、やけに宮殿の内が慌ただしいと思ってはいたが、

まさかそんな話が出ていようとは。

「ちょっ・・・・ちょっと待ってください姫! あたしとオージェルはただの幼馴染で、結婚とかそういう事はまったくっ・・・・・。

大体、どこからそんな話が・・・・!」

「あら、二人っきりであんなに長い休暇をとっていたら、誰だって婚前旅行だと思います」

「・・・・・・・・・・・・・」

「姫さまも私も、もちろんユズリハさんも。皆でお二人がお帰りになるのをお待ちしていたんですよ?

盛大にお祝いして差し上げようと、気合を入れて準備していたのですけど・・・・」

 ルシアンは体中の力が抜けたように全身でがっかりとしている。

 しかし当の本人にとっては、まさに寝耳に水。

「とっ・・・・とにかく!あたし達はそんなんじゃありませんからっ・・・・・・。失礼します!」

 そう言ってエリーゼに一礼すると、フィオはさっさと部屋を出て行ってしまった。

「姫さま・・・・。ちょっとやりすぎのような気が・・・・・」

「そうね・・・・。意地っ張りのフィオには逆効果だったかも・・・・」

 先の戦さを終えた後、オージェルとフィオが長い休暇をとると聞いた時には、

「まあ!ラブラブなのですね♪」

と暖かい目で二人を見送ったエリーゼ達だったが、蓋を開けてみれば何のことは無い、本当にただの休暇だったのである。

「オージェルさんもフィオさんも、素直じゃないですね」

「姫さま、失礼致します」

 はたから見れば、お互い意識しあっている事は丸分かりなのに、口を開けば憎まれ口ばかりの二人をどうにかできないものかと

試行錯誤していたエリーゼとルシアンの元にユズリハがやってきた。

「私に、良い考えがあるのですけれど」

 隣の部屋に控えて三人の話をじっと聞いていたユズリハは、同時に向けられた二人の視線に対してニッコリと微笑んだ。





「エリーゼ様ってば、一体何がどうなったらあーいう話になるのかしらっ」

 エリーゼの部屋を飛び出してきたフィオは、怒りに任せてずんずんと何処へ行くあても無く長い廊下を突き進んでいたが、

やがてその足取りは次第にゆっくりとしたものに変わっていった。

「第一、あたし達は恋人でも何でもないし、何よりオージェルからそれらしい事は一度も言われた事・・・・」

 重くなっていったフィオの足はいつの間にか立ち止まり、不安げな表情を見せるその顔も段々と俯いていく。

(オージェルは・・・・あたしの事どう思ってるんだろう・・・・)

 孤児院の門を二人で叩いた日から、幼馴染として15年間一緒に育ってきた。

 彼の全てを信じていれば、何も怖いものなど無かった。

 戦乱のさなかも、そうして幾度もの危機を乗り越えてきた。

 フィオにとっては、オージェルは頼れる存在であり、何があっても信じてついていける唯一の人だが、

果たして彼にとってはどうなのか。

 彼女は何かに捕われたように、その場を動けなかった・・・・。





 それから数日後の夜、フィオは見廻りの為に中庭の辺りを歩いていた。

 本来なら外の警護は近衛の役目なのだが、このカペラ離宮に滞在中はエリーゼ達の希望もあり必要最低限の人数しか

揃えていない為、近侍であるオージェルやフィオがそれを兼任しているのである。

「とりあえず何もないみたいね」

 周囲の確認を終えたフィオが内へ戻ろうとした時、突然何者かの気配を感じた。

 だが殺気は無い。

「・・・・誰? そこに居るのは分かってるんだから、さっさと出てきなさい」

「これはこれは・・・・。私の気配に気付くとは・・・・流石ですな、フィオ殿」

「げっ・・・・ステアン・・・・・っ」

 フィオの声に促されて茂みから顔を出したのは、相も変わらず飄々とした態度のステアンだった。

「げっ・・・・とは何ですかな? 随分とご挨拶ですな」

「あ、あんた一体何しに来たのよっ!? しかもこんな夜更けに! まさかエリシオラさんの使いとか言うんじゃないでしょうね!?」

 いきなり何の脈絡も無く現れたステアンに、フィオは焦りながらじりじりと後ずさった。

(苦手なのよね〜、この人・・・・)

 まあ、初めての出会いの事を思えば、当然と言えば当然の反応だろう。

「もちろんです。彼女の使者として来るのでしたら、こんな所から出入りはしませぬ」

 変わらぬ距離を保ちつつ、ステアンはフィオの方へと徐々に近付いていく。

「じ・・・・じゃあ一体何の用よっ?」

「あなたに逢いに来たのだと言ったら・・・・信じて貰えますか?」

「・・・・・・・は?」

 耳を疑うステアンの言葉にフィオは固まった。

「なっ! なに馬鹿な事言ってんのよっ!? 冗談も休み休み言いなさいよねっ!?」

 フィオが動揺しまくっている間に、ステアンはいつの間にかその間合いをつめて彼女の目の前に立っていた。

「冗談では・・・・・ありませんぞ?」

 混乱するフィオをよそに、ステアンは彼女の両手を取りガシッと握り締める。

「初めてお会いした時から、私はあなたに心奪われておりました。今宵はまたとない機会。想いを遂げてくれましょうぞ」

「って・・・・・まさかっ!! ちょっっ、ちょっとっっ!! やめっ・・・・!」

 剣の腕ならばほぼ互角に渡りあえる相手だが、ふいをつかれたフィオは腰にあったものをステアンによって弾き飛ばされ

丸腰である。

 体を押さえ込まれてジタバタともがきはするものの、しょせん男の腕力には勝てる筈もない。

 気が付けば押し倒された自分の脚の間にステアンの体があり、上から見下ろされていた。

「・・・・・あ・・・・・」

「お慕い・・・・しておりますぞ・・・・フィオ殿・・・・。どうか私のものに」

「いっ・・・・いやーーーーーーーーーっっっ!!!」

「おいっ! フィオっ!? どうしたっ!? 何があっ・・・・・」

 聞き覚えのある声にステアンが顔を上げると、そこにはフィオと同じく見廻りの任についていたオージェルの姿があった。

 何者かともめているようなフィオの声を聞き駆けつけてみれば、そこには変態男に襲われる彼女の姿があり、オージェルは瞬時に

我を忘れたように頭に血をのぼらせる。

「てめぇ・・・・っ、何してやがるっっっ!!!」

 殺気立ったオージェルの剣がステアンに振り下ろされたが、彼は一瞬のスキをみてそれをかわした。

「いやはや、随分と短気な事ですな」

「うるせぇっっ!! てめぇの所業を棚に上げてほざくんじゃねぇっ!!!」

 オージェルはハァハァと息を切らしながらステアンに対峙した。

「フィオ! 大丈夫かっ!?」

「う・・・・うん、平気・・・・」

 胸の辺りをかき合わせる彼女の様子を見て、オージェルは更に怒りを顕わにする。

「・・・・・・覚悟は出来てんだろうな」

「何をそんなにお怒りなのですかな?」

「お前がフィオを襲ってたからだろうがっ! 大体、前から気に入らなかったんだ。リオネーロではよくも俺達をたばかってくれたな」

「たばかる?」

「とぼけんな! 何が ” よろめく鷹 ” だ。お前コトゥーカの民だろーが。エリシオラ殿の仲間だったくせに、そんな事一言も

言わなかったじゃねーか!」

「聞かれなかったもので」

 オージェルの怒りなど何処吹く風というように、ステアンはさらっと答える。

「それよりも、私の恋路の邪魔をなさるとは、オージェル殿も案外無粋な御方ですな」

「・・・・・・恋路だと?」

「さよう。今宵私はフィオ殿へこの熱い胸の内を告白し、身も心も固く結ばれる為に参ったのです。それを阻もうなどとは

関心しませんな」

 ステアンの突然の求愛宣言に、オージェルはしばし言葉を失った。

(フィオに・・・・告白・・・・?)

「オージェル・・・・?」

 自分を呼ぶ声にハッとしたオージェルは、不安そうにこちらを見るフィオの瞳をじっと見つめた後、再びステアンに向かう。

「・・・・これのどこが恋だ。どっから見てもただの暴漢にしか見えん。大体、フィオの気持ちを無視して恋愛もへったくれも

あるわけないだろう」

「貴殿に・・・・そんな事を言う資格がありますかな?」

「・・・・何?」

 ステアンはひとまず剣を納めるようオージェルを促した後、ゆっくり彼の方へと近付きながら言った。

「貴殿はフィオ殿の恋人ではない。ましてや彼女と将来を誓い合ったわけでもない。ならば、口を挟むのはお門違いというもの。

これは私とフィオ殿との問題なのですから、部外者に介入されるのはご遠慮願いたいですな」

「ちょっ・・・・ちょっとアンタ! 何言ってんのよ!!」

「フィオ殿も!」

 急に、真剣な顔で叫んだステアンの声に、フィオの肩がびくっと揺れる。

「フィオ殿も、他に誰か好きな殿方がおられるのならば私も諦めなければなりますまいが、そうではないのなら私の話を

聞いてからでも遅くはないでしょう」

 ステアンは更に歩み寄った。

「そうではありませんか? オージェル殿」

「・・・・俺は・・・・・」

 それきり、オージェルは俯き口をつぐんでしまう。反論したい事は山程あるのに、言葉が出てこない。

「分かっていただけましたかな? それでは」

 そう言うとステアンはフィオの腕をぐいっと掴み、自分の方へと引き寄せた。

「さあ、フィオ殿。今宵私と愛の語らいを」

「やっ・・・・!」

「やめろっっ!!!」

 フィオを連れ出そうとするステアンに向かって、オージェルは何かに追いつめられたような声で叫んだ。

 その拳は固く握り締められ、小刻みに震えている。

「オージェル殿。まだ何か?」

「・・・・・フィオは・・・・・」

 ステアンを真正面からキッと睨み、強い瞳の色を湛えたオージェルの姿に、もう迷いは無かった。

 今まで自分は一体何をしていたのか。

 ここで大切な人を失ってしまえば、自分の存在する意味も無くなってしまうというのに。

「フィオは俺にとってなくてはならない女だ。誰にも渡したくない。いや、誰にも渡さない! お前にも! 他の誰にも!」

「・・・・・オージェル・・・・・」

 自分でも今までどう表現していいのか分からなかった気持ちを吐き出したオージェルに対し、ステアンは視線を合わせたままで

しばらくの間じっと見つめ返していた。

 そして。

「・・・・・やれやれ、やっと言っていただけましたか」

 そう言って瞳を閉じて溜め息を一つつくと、ステアンは掴んでいたフィオの腕を離し、その背をとんっと押す。

「あっ・・・・っ」

「フィオ!」

 バランスを崩したフィオの体を、オージェルはとっさに抱きとめた。

 体に触れる事など今まで数え切れない程あったのに、お互いを意識した途端に恥ずかしくてたまらなくなる。

 共に真っ赤になった顔をそらしながら、二人はゆっくりと離れた。

「・・・・・・どういう事だ?」

「言葉のとおりです。どうもお二人は素直でなくていけません。周囲の者から見れば歯痒いばかりですぞ?」

「・・・・・・・・」

「分かっておりました。お二人が互いの事を大切に思っておられる事は。ただ、ほんの少し、表に出す事が不器用なようで」

 ステアンの言葉に、二人はお互いの顔を見合わせる。

「どうやら収まる所に収まったようですな。それでは、邪魔者は退散すると致しましょう」

「ステアンっ、あのっ・・・・」

「フィオ殿。こういう時は慰めや同情の言葉はいりませんぞ?」

「・・・・・じゃあ・・・・有難う・・・・・」

「どういたしまして」

 立ち去ろうとしたステアンにフィオがそう言うと、彼はにこやかに微笑んだ。

(この人・・・・・まさか本当に・・・・・)

 小さくなっていくステアンの姿を目で追いながら、フィオは一瞬浮かんだ考えを即座に消した。

 そんな筈はないと・・・・・・。

「フィオ」

「えっ!?」

 オージェルの声にフィオはハッとして彼の方を振り返る。

 そこにあるのは、強い意志を宿した真っ直ぐな瞳。

「その・・・・・すまなかったな。こんな事が起きるまで、俺・・・自分の気持ちに気付かなかった・・・・・。幼い頃からずっと一緒に

育ってきたのに・・・・。いつの間にか、手放せない存在になっていたのに・・・・」

 嘘偽りの無い胸の内を打ち明けてくれるオージェルに、フィオは泣きたくなる程の喜びを感じていた。

 ずっとずっと、欲しかった言葉。

「う、ううん! そう言ってくれるだけで、あたし・・・・嬉しい・・・・・嬉しいの・・・・・っ」

 こらえようと思っても、後から後から溢れてくる涙を止める事は出来なかった。

「お、おい、フィオ・・・・泣くなって・・・・」

「だっ・・・・だって・・・・あたしっ・・・・・っ」

 物心ついてからは自分に涙など見せた事の無いフィオに、オージェルはどうしていいのか分からずただオロオロするばかり。

「す・・・・き・・・・・」

「・・・・フィオ・・・・・」

 オージェルの中に愛おしさが込み上げてくる。

「好き・・・・好きっ・・・・好き・・・・すっ・・・・んっ!」

 噛み付くようにフィオの吐息を奪った後、優しくついばむような口づけを何度も繰り返し、やがてそれはこれ以上ないという程

深いものに変わってゆく。

「っ・・・・はっ・・・・・っ」

 脚の力が抜けて立っていられなくなったフィオを支えながら、二人はゆっくりと座り込んだ。

「俺も・・・・好きだっ・・・・」

 抱きしめる腕に更に力を込めて、お互いの想いを確かめ合う。

「もう絶対に・・・・・離したりしない・・・・・!」

「うん・・・・・うんっ・・・・・」

 空は晴れ渡り、満天の星が輝くこの夜。

 二人は長い間続いた幼馴染という殻を破り、共に歩んでゆくパートナーとなった。





「・・・・これで一件落着というところですか」

「感謝致しますわ、ステアンさん」

 オージェルとフィオの想いが通じ合った後日、ステアンはカペラ離宮内のユズリハの部屋に招かれていた。

「いやいや、美しい淑女殿の頼みとあらば、このステアン、喜んでお引き受けせねばなりますまい。

不器用なお二人の為に一肌脱いだまでの事。礼には及びませぬ」

「相変わらずお上手ですね」

 謙遜するステアンに、ユズリハはにっこりと微笑んだ。

「ときに・・・・フィオさんの事。本当は少なからず本気だったのではないのですか?」

 笑顔の中にも探りを入れるような唐突なユズリハの質問に、ステアンは一瞬動きを止めたが、すぐにいつもの表情に戻ってゆく。

「・・・・・何を言われるかと思えば。そのような事、万に一つもありませんな。第一私は、コトゥーカの耳を持たぬ女性には

興味はありませんので」

「あら、そうなんですか?」

「そうです」

「それを聞いて安心致しました。お二人の為を思ってした事が、逆に彼らを悩ませたりしてしまっては元も子もありませんものね」

「・・・・そういう事ですな。それでは、私はこれにて」

「エリシオラさんに宜しくお伝え下さいね」

「承知致しました。では」





 ステアンが去った後、ユズリハは何やら騒がしい声がする窓の外を室内から見下ろした。

 あれから恋人同士となった後も、オージェルとフィオは相変わらず痴話げんかが絶えない。

 もっとも、恋人となったからこそ、もめる事もあるのだろうけれど。

「まあ、私が心配する事ではありませんわね。彼らはもう進み始めているのですから」

 ユズリハは文句を言い合いながらも幸せそうな二人の姿に微笑みながら、事後報告の為にエリーゼの部屋へと向かった。





 そう。

 ユズリハは二人の背中をほんの少し押しただけ。

 それから後は、彼女の感知せぬ事。

 そして、この出来事によって誰かの想いを断ってしまったとしても、それも彼女の預かり知らぬ事・・・・。



                                                                    END



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        オージェルxフィオです。
        本編での扱いがあまりにもあんまりだったので、せめて私がくっつけてあげようと。(笑)
        純粋なSRPG作品という事で恋愛要素はかなり薄いです。(一部を除いて)
        途中経過などを考えると無理やりという気がしないでもありません。
        それでも凄く面白かった。まあ、イベント回想しかないのが残念なんですけどね。
        この二人の話はこれからも増える予定ですので、良ければ読んでやって下さいね♪