獣   人












 北方の小国、ベルーナ王国の中に佇む宮殿、カペラ離宮。

 戴冠式を間近に控えた王女エリーゼが滞在する森と湖に囲まれたその美しい宮殿は、いつになく静かで

穏やかな時を送っていた。

 ことあるごとに近侍であるオージェルやフィオの目を盗んで街へと繰り出してしまうエリーゼも朝から珍しく

おとなしかったし、今は亡きグロアール公からエリーゼの教育&サポートを任されているユズリハが

彼女を探して宮殿中を走り回る事も無い。




 ポカポカとした春の陽気は心地良く、近衛の者達も思わず居眠りしてしまいそうな、麗らかな春の日。

 自室で椅子に座り読書をしていたエリーゼも、もう大分前からうつらうつらとしていたらしく、膝の上に

乗っている本は今にも下へと落ちてしまいそうだった。




 そんな暖かなある日の午後。

 静寂は突然破られた。




「うきゃぁぁぁぁあああああっっっ!!!???」

「「「!?」」」

 気持ちよく眠っていたエリーゼも、隣室に控えていたユズリハも、見回りの途中だったオージェルも、

いきなり聞こえてきた叫び声に一瞬にして緊迫した。

「なっ・・・・何事ですかっっ!?」

「何だ!? どうしたっ!?」

「どこからですかっ!?」

 宮殿中に轟き渡ったのではないかと思うような声に、それを聞いた者達は一体何が起きたのかと

そこここで騒ぎ始め、にわかに緊張の度合いを増している。

「姫っ! ご無事ですかっ!?」

 王女の身に何かあったのかと慌ててエリーゼの部屋へと飛び込んできたオージェルに、彼女は

動揺しながらも安心させるように答えた。

「あ、オージェル。私は大丈夫です。それより、今の声は・・・・・」

「どうやら、フィオさんのようですわね」

 声のした方向から多分間違いありません、とユズリハが二人に告げる。

 とにかく先ほど聞いた声はとても尋常とは思えない。

 三人は顔を見合わせてフィオの部屋へと向かう。

 途中、近衛の人間が何人も詰め掛けてきて事の次第を尋ねてきたが、自分達にもまだ何も分からない

状態だからと、とりあえずその場で待機させた。




「フィオ! 無事か!?・・・・・って・・・・・・え・・・・・?」

「フィオ!? さっきの声は一体・・・・・っ!」

「フィオさんっ!? 一体どうしっ・・・・・」

 バタバタと廊下を走り抜けてフィオの部屋の扉をバンッと勢いよく開けた三人は、そのまま固まった。

 彼女の部屋には賊がいる訳でも無かったし、誰かが侵入した形跡がある訳でも無かった。

 ましてやフィオの身に何か危害が及んだ様子がある筈も無く、唯一いつもと違う事といえば、

普段かぶった事など一度も無い帽子をかぶっている事くらい。

「・・・・・フィオ?」

「あ・・・・あはははは・・・・。皆さん御揃いで・・・・・・」

 拍子抜けしたようにあっけにとられている面子に、フィオは何やら気まずいような、焦っているような、

とにかく落ち着かない様子である。

「お前・・・・何だよさっきの声は! 何かあったのかと思ってびっくりするだろ!?」

 とりあえず何事も無くてほっとしたオージェルだったが、あまりにも人騒がせな彼女に段々と怒りが

込み上げてきたのか、フィオに向かって思いっきり怒鳴りつけた。

「ご・・・・ごめんなさい〜! そんなつもりじゃ無かったんだけど〜・・・・・」

 そんなに怒る事ないでしょ! と、いつもならここで反論の一つや二つが返ってくるところなのだが、

今日の彼女にはそれが無い。

 何となく歯切れの悪いフィオの様子にエリーゼは不思議そうな顔をしていたが、やがて何かに気付いた

彼女は素朴な疑問を投げかけた。

「フィオ・・・・それ・・・・何?」

「えっ?」

 それ、と言われた方向を見ると、何やら茶色くて長くて細いものがうごうごと揺れている。

 それはまるで・・・・。

「・・・・・・尻尾?」

「あ・・・ああああーーーーーっ! こっ・・・・これはそのっ!」

 いきなり核心をエリーゼに指摘されて、フィオは慌ててその物体を隠した。

 が、そんな事が通用するはずも無く。

「おい・・・・今のって・・・・・」

「尻尾・・・・ですね・・・・・」

 オージェルもユズリハも、信じられない光景にいまいち頭が働かない。

 フィオの背後で揺れていたもの。

 それは間違いなく獣の尻尾に見えた。

「ち・・・・違うのよっ! これはあのっ・・・・・っ」

 わたわたと焦りながらフィオは何とか誤魔化そうと必死になっている。

「・・・・・・もしかして」

 そんな中いたって冷静に状況を観察していたエリーゼは、ある確信のもとにフィオの方へと

近付いていった。

「ひっ・・・・姫っ、あのっ・・・・」

「フィオ、ちょっと失礼」

 近付かないで、という身振り手振りと共に頭にある帽子を死守しているフィオの努力も虚しく、

エリーゼはひょいっと摘まんでその帽子をどけた。

 そこには先ほどの尻尾と同じ色をしたものが、可愛らしくピクピクと動いている。

「耳・・・・・」

「耳だな・・・・」

「耳ですね・・・・・」

 何とかバレないようにと頑張っていたフィオは、全てを諦めたかのようにガックリと項垂れた。




「あたしだって・・・・好きでしてるんじゃないのよ〜・・・・・」

 待機させていた近衛に何事も無かった事を告げたオージェルだったが、まさかフィオに耳と尻尾が

生えたなどと言う訳にもいかないので、とりあえずどういう事なのかを聞き出そうと彼女の部屋に

引き返して、四人で対策を練ろうという事になった。

 テーブルに落ちついてはみたものの、目の前で本物の耳と尻尾が揺れているにもかかわらず、

三人は今だ半信半疑である。

「とにかく、どうしてこんな事になったのか教えてくれ」

 原因が分からなければどうしようもない、というオージェルの言葉にフィオは半泣き状態で話し始めた。

「あたしにも何が何だか分かんないんだけど・・・・・今朝起きた時には何とも無かったのよ。

今日の警護は午後からの予定だったからいつもより遅めに身支度をしてたの。で、いざ部屋を出ようとして

鏡の前で最終チェックをしていたら、いきなりニョキニョキと・・・・・」

「生えてきたのか?」

「うん・・・・・」

 ・・・・何て非常識な。

 とりあえず事情は分かったが、これでは何の問題の解決にもならない。

 四人はますます悩んだ。

「あの・・・・ルシアンに相談してみるというのはどうでしょう?」

「ルシアンに・・・・ですか?」

 突然のエリーゼからの提案に、オージェルはきょとんとする。

 確かにルシアンはコトゥーカの民であるため耳も尻尾も生えてはいるが、だからと言ってこのフィオの

ものと関係があるかといえば・・・、というのがオージェル達の意見だった。

 が、次のエリーゼの言葉にその考えは打ち消された。




「でもこの耳、コトゥーカの民が持つものとそっくりです」




「「「・・・・・・・・・・・・・」」」

 言われてみれば、確かに。

 オージェルもユズリハもフィオの耳を改めてまじまじと見つめる。

 突然の事に動転していて耳と尻尾が生えてきたという事にばかり気をとられていたが、よくよく

見てみれば。

「似てる・・・・かもな」

「長さといい、形といい・・・・そっくりですね」

「ホントだ・・・・」

 鏡を見ながら当のフィオもうんうんと頷いている。

 これが本当にコトゥーカのものと同じならば、ルシアンは何らかの解決策を知っているかも知れない。

「そうと分かれば、ルシアンちゃんを捜しましょう。姫さま、彼女は今どこに?」

「それが・・・・エリシオラさんに呼ばれていて、明日にならないと戻って来ないのです・・・・」

 光が見えたとユズリハが喜んだのもつかの間、エリーゼの答えに彼らはガックリと肩を落とした。

「って事は・・・・それまでずっとこのままなのか・・・・・」

 オージェルはまるで我が事のように苦しげな表情を浮かべてそう呟く。

 困っている恋人の為に何とかしてやりたいと、彼は彼なりに真剣に悩んでいたのだ。

「あの・・・・・一つ気になっていたのですが・・・・・」

 にっこりと微笑んだユズリハの言葉に、 「?」 と三人は彼女へと視線を向けた。

「先ほどからオージェルさんの顔が真っ赤なのは何故でしょうか。それに、何度もフィオさんから瞳を

逸らしているようなのですが・・・・」

「なっ・・・・・!」

 スルドイ突っ込みを入れられたオージェルの顔が更に真っ赤になった。

「いやっ! それはっ・・・あのっ、だからっ・・・・・」




「ははははは! それならば私が変わりにお答え致しましょう!」




「この声・・・・まさか・・・・」

 突如として響き渡った聞き覚えのある声にオージェル達が一斉にドアの方へ向くと、そこにはルシアンを

伴った変態・・・・いや、ステアンが腰に手を当ててさも得意そうに立っていた。

「ルシアン!」

「姫さま、只今戻りました!」

 ステアンの存在を思いっきり横に置いといてエリーゼが声を掛けると、ルシアンも嬉しそうに駆け寄ってくる。

「どうしたの? こんなに早く。帰りは明日と聞いていたけれど。」

「あの、それが・・・・母さまに怒られてしまって・・・・すぐに宮殿へ戻るようにと・・・・」

「怒られた?」

 えへへ、と照れたように苦笑いするルシアンは躊躇いながらも重い口を開いた。

「実は・・・・母さまからの伝言をステアンさんが届けてくれた時に・・・・ちょっと相談にのって貰ったんです・・・・」

「相談? 何の?」

「あの・・・・オージェルさんとフィオさんが・・・・もっと仲良くなる為には・・・・どうしたらいいのかなぁって・・・・」

「おっ・・・・俺達!?」

「って、どういう事よ!?」

「ごっ・・・御免なさい〜っ!」

 ルシアンが放った意外な言葉に、さすがのオージェルとフィオの二人も驚いた。

 エリーゼやユズリハとて同様である。

 シュロン戦役の後、目出度く恋人同士となった二人が今だ進展を見せない事にじれったさを感じていたエリーゼは、

しょっちゅうルシアンを相手にどうしたものかと話してはいたが、まさかそれがステアンの所にまで及んでいるとは

思ってもいなかったのだから。

「だって・・・・お二人が自分の気持ちに素直になれたのもステアンさんの事があったからだと思いますし・・・・

だから丁度いいかなーと思って・・・・・そしたらその事が母さまにバレてしまって・・・・」

 即刻戻りなさいって言われちゃいました〜・・・、と項垂れてシュンとするルシアン。

 予想もしなかった事態に驚かされる一同。

 よりにもよってアイツに・・・・というのは、良かれと思ってやった彼女にはとても言えない台詞だったが。

 その時、あっけにとられているオージェル達の背後で、ゴホン、という咳払いが聞こえた。

 すっかり忘れ去られていたステアンである。

「何やらずっとほったらかされていたようですが・・・・ここからは私めが説明いたしましょう!」

 すわ自分の出番、とばかりに嬉々としてマントを翻しながらオージェル達の前に踊り出て暴走する彼を止められる

者は、もう誰もいなかった。

「困っておられる淑女殿を黙って見捨て置く事は私の紳士道に反しますからな! 心を痛めておられたルシアン殿の

為に、私は知恵を授けて差し上げたのです!」

「知恵・・・・・ですか?」

 嫌な予感にかられながらも、ユズリハはにっこりと彼に笑いかけた。

「さよう! じれったい男女の仲を深めるには何かきっかけがあれば宜しいのです! 相手を抱き締めずにはおられない

ような素晴らしいきっかけが! さすればお二人が仲睦まじくまぐわう日も近いでしょうっ・・・・と!」

「まっ・・・まぐわっっ・・・・!?」

「あっ・・・・アアアア、アンタっ・・・・何てこと言うのよっっ!?」

 あまりにも露骨なステアンの物言いに、当事者である二人は憤死寸前。

 ユズリハは、はぁ・・・っと深い溜め息をつく。

 この人は何故こうまでも話をややこしくする事ができるのか。

「・・・・?・・・・何かいけない事でも申しましたかな?」

「ええ、まぁ・・・・・・・とりあえず、続きをどうぞ」

 しれっとした男を前に絶句して言葉も無い二人を気遣いながらも、彼の知っているだろう全てを引き出す為に

ユズリハは先を促した。

「コホン。それでは・・・・つまりそこで私が提案した方法というのがフィオ殿に獣のオプションを付けてしまおうと

いうものだったのです!」

「「「「・・・・・・・・・・・・・」」」」

 ああ! なんと壮大な計画!と一人陶酔に浸る男に冷ややかな視線が向けられる。

(つまり・・・・)

(全ての元凶は・・・・)

(コイツだったと・・・・)

 怒りのオーラがゆらっと揺らめいた。

「ちょっ・・・・ちょっと待って下さい。それではこれはステアンさんの魔術によるものと言う事ですよね?」

「す・・・・すいません姫さま・・・・私です・・・・・」

「「「「!?」」」」

 ルシアンの告白に一同はまた驚かされた。

 てっきり彼女から相談を受けたステアンの仕業だとばかり思っていたからだ。

「ははははは! 驚かれましたかな? 確かに提案したのは私ですが、私の力では人間にそのような術を

かける事は出来ぬのです。そこで、魔力では私の上を行くルシアン殿がフィオ殿に術を施したという訳ですな」




 いつか殺ってやる・・・・。

 オージェルの中に新たな殺意が芽生えた瞬間だった。




「分かりました・・・・。事情は良く分かりましたが、では何故耳と尻尾なのですか? それがいまいち分かりません」

 ユズリハの言う事は尤もだった。

 きっかけを作るだけならば、なにもこんな手の込んだ事をする必要はなかった筈である。

「愛しい人に生えた耳と尻尾。・・・・・・萌えませんかな?」

「!!!」

 ニヤリと笑ってこちらを見るステアンに、オージェルは目に見えてうろたえた。

「何を言ってるのですか。ウェスペールでもオージェルさんは言っていたではありませんか。

獣耳には興味は無いと」

 こんなの無意味です! と言ったユズリハの言葉に、彼はチチチッと指を振った。

「分かっておられませんなぁ。それはあくまでも他の女性に向けられたもの。これがもし恋人となれば・・・・

状況は変わってくると思いますが?」

「え・・・・?」

 ユズリハが何の気なしに見た先には、先ほどと変わらず真っ赤になって動揺するオージェルがいた。

「・・・・・オージェルさん・・・・」

「いやっ! これはっ! そのっ!」

 どうあがいても一目瞭然。

 その胸にぐっさりと刺さっている図星が目に見えるようである。

「オージェル殿。愛らしくピクピクと動く耳、そしてふるふると揺れる尻尾。それらに彩られた麗しい恋人の姿!

これを萌えと言わずして何と言いましょうや!」

「それは確かに・・・・って何を言わすんだお前はっ!」

「未知なるものは殿方の心理・・・・。私もまだまだ修行が足りませんね・・・・」

 二人の男のやりとりに、ユズリハはしみじみとどうでもいい事を呟いた。

「ちょっとオージェル!? アンタあたしをそんな風に見てたワケ!? この変態! チカン! 色欲魔人!」

「あのなぁ! いくら何でも言いすぎだろ! これは不可抗力だろうがっ!」

「ウルサイ! 強姦魔!」

「ごうっ・・・・!?」

 もはや収集はつかなくなっていた・・・・。




「いい加減に・・・・しなさーーーーーーーーいっっっ!!」




 シーン・・・・。

 ゼイゼイと大きく息をつくエリーゼの鶴の一声にピタッと声が止む。

 思わぬ人の思わぬ行動に、それぞれが驚きを隠せない。

「ルシアン、フィオにかけられた魔法はあとどれ位の効力なの?」

「あ、えと・・・・今日の夜中までには消えると思います!」

「聞きましたね?フィオ。あとしばらくの辛抱ですからそれまでここで我慢しなさい!」

「はい・・・・」

「オージェル!」

「は、はい!?」

「そういう訳ですから、その間フィオについててあげなさい!」

「わ・・・分かりました・・・・」

「他の者は私と共にこの部屋を出ますよ!これが二人の為を思っての事ならば、それをそっと見守るのが

人の情と言うものです!」

 その理屈が合っているのかどうかはともかく有無を言わせぬエリーゼの剣幕に押され、誰も何も言えないまま

一同はゾロゾロと部屋を出て行き、後にはオージェルとフィオの二人だけがぽつんと残された。

「エリーゼ様って・・・・・怒らせるとあんな風になるのね・・・・」

「普段おとなしい人間がって、いい見本だな・・・・」

 二人はまるで毒気を抜かれたかのように呆然としながら、四人が消えていったドアを見つめていた。




 静まり返った空間に流れる気まずい雰囲気。

 先に口を開いたのはフィオだった。

「ごめんね、オージェル・・・・・」

「ん?」

「さっき・・・・あんな事言っちゃって・・・・・」

「フィオ・・・・」

 オージェルの鼓動が、ドクン!と跳ね上がる。

 やや俯き加減で恥ずかしそうに謝ってくる恋人の姿は、彼の恋情を高ぶらせるには充分なものだった。

「い、いや・・・・俺の方こそ・・・・悪かったと思ってる・・・・。お前に嫌な思いをさせてしまって・・・・」

「う、ううん!・・・・もう・・・・気にしてないよ・・・・・」

 先ほどの言い争いからは想像も出来ないほど甘い空気が漂っているのは、きっとできたてホヤホヤの

恋人同士の成せる技だろう。

「俺は・・・・別に耳や尻尾が付いてるかどうかなんて関係ないんだ。フィオはフィオだし、俺はどんなお前でも

好きなんだから。ただ、それが付いてるお前も可愛いと思ったんだ・・・・」

「オ・・・・オージェル・・・・・」

 面と向かって本気でそんな事を言われた彼女は、途端にかあああぁっと真っ赤になった。

 言った張本人がそれ以上に赤くなっている事は言うまでも無い。

「そ・・・それから、姫にも感謝しないとな」

「え?」

「お前とここで二人っきりで居られるお陰で、他の人間にその姿を見られずに済むんだから。俺以外の男に

見せるのは絶対にお断りだし、それに何処でどんな虫が寄ってくるか分かったもんじゃない」

「・・・・オージェルってば・・・・」

 フイッと顔を逸らせて呟くオージェルに、フィオはますます恥ずかしそうに俯いた。

 普段からは考えられないほどの艶を放ち、自分だけに見せる愛らしい恋人の仕草に衝動を抑えきれなくなっていく。

「フィオ・・・・少しだけ・・・・触ってもいいか・・・・?」

「えっ?・・・・う・・・・うん・・・・」

 少しだけ、と言われた先にあるのは、彼女の体から長く伸びた優雅な尻尾。

 その体の動きに合わせるようにふるふると揺れる様は、何とも形容しがたいものだった。

「あんっ・・・・・!」

 そっと触れた途端、びくっと震えたフィオの口から甘い声があがる。

 どうやら本物の獣同様、一番敏感な部分らしい。

「あっ・・・・あっ・・・・・・」

 ゆっくりと感触を確かめるように撫でれば、切なげな表情を浮かべて瞳を潤ませる。

 もう、限界だった。

「フィオ・・・・!」

「あ・・・・オージェル・・・・・っん!」




 愛しい人の唇を食んで、吸い上げる。

 舌を挿し入れれば、それに応えるように絡められる。

 愛を何度も何度も確かめ合って。

 やがて満足したように離れていくお互いの唇からは細い銀の糸が伝う。

 はぁっ・・・・と甘い溜め息をついて体を寄せ合えば、心地良い安心感に包まれる。




 まるで香しい蜜の香りに誘われるようにフィオの開かれた喉元へと唇を寄せかけた時、オージェルの耳は

何かの小さな音を捕えた。

 気のせいというにはあまりにもはっきりと響いたその音に訝しげな表情を浮かべる。

「・・・・・オージェル?」

「しっ・・・・静かに・・・・・」

 オージェルは部屋の入口の方を見据えたまま、何かを考えているようだった。

 不思議そうにしているフィオに、動くなよ、と言って彼はそっとドアへと近付いていった。




 ドサドサドサッ!

「きゃああっ!?」

「・・・・・何をしてるんですか?姫」

 ガチャッとドアを思いっきり開けた瞬間、勢いのあまり部屋の中へとダイブしてきたのはエリーゼ達だった。

 彼女と一緒に出て行った筈のメンバーが一人残らず折り重なるように倒れこんでいる。

 立ち聞きしてたのか・・・・・。

 オージェルは思いっきり顔をしかめた。

「あの・・・・何ていうか・・・・・その・・・・・」

「だから止めましょうって言ったのに〜・・・・(泣)」

「ごっ・・・・誤解ですわっ・・・・オージェルさん!」

「後一息のところを・・・・・惜しかったですな」

「・・・・・・・・・・・・・」

 こめかみに手を当てて呆れかえっているオージェルにしどろもどろな言い訳をしながら、彼女たちは乾いた

笑いを繰り返す。

 フィオは驚きのあまり声を出すのも忘れていた。

「・・・・・・・・・そっと見守るんじゃなかったんですか?」

 静かな怒りを滲ませるオージェルの瞳に、エリーゼはびくっと引きつった笑顔を凍らせた。

「あの・・・・・だから、ね? オージェル・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・御免なさい」

「まぁまぁ、オージェル殿。エリーゼ様も貴殿を心配しての事。許しておあげなさい」

「お前が言うなっっ!!」




 結局のところ、身近で唯一のカップルの動向が気になって仕方がないのである。

 日々退屈な王宮生活を送っているエリーゼにはまさに格好の獲物。

 この分でいくと、二人が結ばれる為には相当な困難を極めるかも知れない。




 先が思いやられる・・・・・・。




 本当に、幸せはいつ来るんだろうな。

 今だ、あーでもない、こーでもない、と騒いでいる仲間を眺めて、オージェルは盛大な溜め息をついた。








                                                         END


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           「Angelic Vale」よりオージェルxフィオ。
           えー・・・・イロモノです。(笑) だって他に言い様が・・・・。(爆)
           まぁ、その。耳は萌えますよね?(聞くな)