過去・現在・未来
 夕闇せまる村の一角。

 王国軍の追っ手から逃れながら旅を続けるカスール三姉兄妹は、久しぶりに一軒の宿屋に落ち着いていた。

「相変わらず主夫姿が板についてるよね、シャノン兄」

「・・・・・ケンカ売ってんのか?」

 何もしようとしない妹と、のほほんとスーピィくんの事で頭が一杯の双子の姉ラクウェルの代わりに、シャノンは今日も今日とて

夕食の支度に取り掛かっている。

 資金を浮かせるための涙ぐましい努力と言いたい所だが、これは彼の本来持つマメさ故の賜だろう。

「こんな姿、彼女ができたって見せらんないよねー」

「・・・・・俺はそんなモンつくるつもりは無い」

「・・・・・何で?」

「何でも」

「どうして?」

「どうしても」

 会話を続けながらももくもくと食事の準備をするシャノンに、パシフィカはそれ以上追及しようとはしなかった。





「シャノン兄・・・・・入ってもいい?」

 夕食を終えて一日の汗を流した後、パシフィカはシャノンのいる部屋を訪れた。

「・・・・・どうした? 何かあったのか?」

「うん・・・・そういう訳じゃ、ないんだけど・・・・」

 歯切れの悪いパシフィカの言い様に、シャノンは剣の手入れをしていた手を止めて訝しげに彼女を見た。

「あのね・・・・・さっきの事なんだけど・・・・・」

「さっき?」

「うん・・・・あの・・・・彼女の話・・・・」

「・・・・何だ・・・・まだそんな事言ってんのか? 要らないったら要らないんだよ」

 同じ事を何度も訊いてくるパシフィカに閉口したシャノンは、くるりと背を向けて再び手入れを始めた。

「あ・・・あのね! あたしじゃ・・・・ダメかなぁ・・・・?」

 パシフィカの告白に、シャノンは背を向けたままピタッと動きを止める。

「・・・・・・・・バカな事言ってないで、早く寝ろ」

 相変わらずこちらを見ないまま、シャノンは拒絶するかのように言い放った。

「あ・・・・ご・・・・ごめんね! 変な事言って。・・・・・そうだよね・・・・あたしなんか論外だよね・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 それきり何も言わなくなったシャノンの後姿をじっと見つめた後、パシフィカは静かに部屋を出ていった。

「・・・・・ラクウェル。立ち聞きなんて、いい趣味だな」

「あら、気が付いた?」

 シャノンは、しらじらしい事言ってんじゃねぇとばかりに、隣の部屋に通じるドアの影に立っていたラクウェルを横目で見た。

「シャノンったら、あんなに可愛い女の子が恋人に立候補してるのに、どうしてOKしてあげないの?

まさか、全然気付いてなかったとか言わないわよね? そこまで鈍い弟を持った憶えはないんだけれど」

「う・・・・うるさいっ!!」

 ワザと煽るような台詞を言ってくるラクウェルに向かって、シャノンは思わず乗り出して怒鳴ってしまった。

 その顔は、まさにゆでダコ。

「・・・・あらあら・・・・シャノンったら、顔が真っ赤よ? それじゃあパシフィカに面と向かえなかったのも無理ないわね」

 一部始終を見ていましたと白状したも同然のラクウェルを、シャノンは更に赤くなって睨んだ。

「・・・・・・・デバガメ」

 瞬間、天使の微笑を浮かべていたラクウェルのこめかみにタコマークが一つ浮かぶ。

「・・・・それが姉に向かって言う言葉かしら? 炎の民よ、お・・・」

「うわーーーーーーーっ!! 俺が悪かった!! すいませんでしたっ!!」

「あら、素直なのね」

 攻撃魔法の呪文を唱えようとしたラクウェルに、シャノンは慌てて謝り倒す。

 こんな所で魔法を使われたら、また要らぬ恨みをかってしまう。

「シャノン・・・・パシフィカにも、素直になってあげたら・・・・?」

「・・・・・・・・・」

 ラクウェルは全てお見通しという顔で微笑むと、パシフィカを追う為シャノンの部屋を後にした。

「・・・・・・・・簡単に言うな・・・・・」

 シャノンは苦々しく、一人呟いた。





「パシフィカ、まだ起きてる?」

 返事の無い部屋のドアを開けてみると、パシフィカは明かりも点けずにベッドの上で壁に背をもたれさせ、

両膝を抱えて俯いていた。

 窓から差し込む月の光が、室内に冷たい影を落とす。

「パシフィカ・・・・」

 ラクウェルがベッドに腰掛けると、彼女は静かに顔を上げた。

「・・・・ラクウェル姉・・・・。あたし、振られちゃった・・・・」

 恋を知った少女は切ない想いに胸を焦がす。

 いや、その表情はもう少女ではなく、一人の大人の女性のものだ。

「パシフィカ、そう落ち込む事はないわ」

 今にも泣きそうな妹の頬を、ラクウェルはそっと撫でた。

「ラクウェル姉・・・・でも・・・・」

「それにしても! パシフィカを振るなんて何処のおバカさんかしらね!?」

「ラ・・・・ラクウェル姉・・・?」

 突然大きな声を発したラクウェルに、パシフィカは何事かとキョトンとしてしまった。

「パシフィカ、もう一度シャノンの所へ行ってごらんなさい。私はこれから見回りを兼ねて結界を張ってくるわ。

シャノンにもそう伝えておいてね」

「え・・・? ラクウェル姉! ちょっと!!」

 パシフィカにそう告げると、ラクウェルは彼女の部屋をさっさと後にして外出して行った。

 後に残された妹は、半ばボーゼンと姉を見送る。

「もう一度って・・・・言ったって・・・・」

 また拒絶されたらと思うと気は進まなかったが、パシフィカは取りあえずラクウェルの言うとおりシャノンの元へと向かった。





「・・・・パシフィカ?」

 ドアの外で躊躇していたパシフィカに室内から声がかけられた。

「・・・・何時までもそんな所にいないで、中に入れ」

 パシフィカがおそるおそるドアを開けて室内を見ると、シャノンはベッドに腰掛けており、佇む彼女をじっと見つめていた。

「あの・・・・ラクウェル姉がね・・・・」

「知ってる。あんな大声張り上げられたら、嫌でも聞こえるさ」

「そ・・・そっか・・・・」

 そのまま黙ってしまったシャノンと妙に重苦しい空気にいたたまれなくなったパシフィカは、ほとんどヤケ気味に明るく言った。

「ご・・・・ごめんね! さっきは変な事言っちゃって! シャノン兄にだって、好みがあるもんね! あたしっ・・・・っ!」

 努めて明るく振舞おうとしても、その声は時折震えていた。

 ドアの所に立ったままで俯くパシフィカの表情は、シャノンからは窺い知る事ができない。

「パシフィカ・・・・お前・・・・泣いてるのか・・・・?」

 細い肩がびくっと揺れる。

「っ・・・・・泣いてなんかないっ!・・・こんな事で・・・・泣いたりなんかしないっっ!!」

「俺との事は、” こんな事 ” なのか」

「ちっ・・・・違うっ! そんな事言ってないっ!」

 何故、こうなってしまうのか。

(告白なんて、しなければ良かった・・・・。どうして、受け入れてくれるかも知れないなんて、思ったんだろう・・・・)

 必死に声を押し殺して肩を震わせるパシフィカのもとへと、シャノンが近づく。

 自分よりも遥かに小さくて華奢な妹を、彼はそっと抱きしめた。

「俺は、お前が大切なんだ・・・」

「・・・・分かってる・・・・。妹だからでしょ・・・・」

「・・・・一人の・・・・女としてだと言ったら・・・・・?」

 シャノンからの思わぬ言葉に、パシフィカは目をみはった。

 ――――― 一体いつからだったろう。

 突然、今日からお前たちの妹だと言われた日から今日まで、シャノンはパシフィカを大切に守ってきた。

 子どもの頃は、彼女に嫉妬して本気で憎んだ事もある。

 それでもパシフィカは大事な妹だったし、かけがえの無い家族だった。

 それが、一人の女性として愛しいと思い、側にいて欲しいと思ったのは何時の頃からだったか。

「シャノン兄・・・・あの・・・」

「少し・・・・黙ってろ・・・・」

 シャノンはゆっくりとパシフィカに口づけた。

 これ以上無いというほど瞳を大きく、そして丸くしている彼女に苦笑しながら、再び唇を合わせる。

 今度は愛を伝えるように深く。





 その夜、シャノンは心の奥に秘めていた想いをパシフィカの内へと解き放った。





「あら、パシフィカ。おはよう、よく眠れた?」

 パシフィカが目覚めるとシャノンの姿は既に無く、代わりに夕べいつ帰ってきたのか全然分からなかったラクウェルが

声を掛けてきた。

「おはよう、ラクウェル姉。・・・・・シャノン兄は?」

「食料の調達に行ったわ。そろそろ尽きかけてた頃だったから」

「そう・・・・」

 何事も無かったかのように明るく笑いかけてくれる姉の姿に、何だか熱いものが込み上げてきたパシフィカは、

シャノンとあまり変わらないほど背の高い彼女の胸に、こつんと頭を預けた。

「あらあら、パシフィカったら、どうしたの?」

 パシフィカは何も答えない。

 そんな妹の背中を、ラクウェルはポンポンと叩いてやる。

「・・・・・シャノンが怖かった?」

 パシフィカがふるふると首を振る。

(ううん、シャノン兄は優しかった)

「じゃあ、乱暴にされた?」

 パシフィカはまた首を振った。

(ううん、あたしを大事に扱ってくれた)

 パシフィカは尚もラクウェルに寄り添ったまま離れようとはしない。

「そう・・・・そうね・・・・女の子だもの・・・・初めてだものね・・・・」

「ラクウェル姉・・・・っ、あたしっ・・・・っ」

 言いかけたパシフィカの頬を両手で包み込んで顔を上げさせると、ラクウェルは静かに話し始めた。

「パシフィカ、これだけは憶えておいて。

これから先、何があってもシャノンと私はあなたの家族よ。シャノンもそう思っていたからこそあなたへの想いを

打ち明けようとはしなかったの。

でも、人を想う心は簡単に消せるものじゃないわ。だから、あなた達は結ばれた。

それは決して家族である事を否定する事じゃなくて、むしろ家族であろうとする姿に近い気がするの」

「ラクウェル姉・・・・」

「私たちはカスール家の子どもなんだから。私もあなたも。そしてシャノンも。どんな逆境にだって負けはしないわ。ね?」

「・・・・うんっ・・・・!お姉ちゃんっ・・・・っ」

 ラクウェルの力強い言葉に頷いたパシフィカは、彼女にぎゅっと抱きついた。

 お互いが絶対の存在。

 今までも、これからも。





「ところでね、パシフィカ」

「ん?なに?」

「赤ちゃんはいつ頃出来そうかしら?」

「ぶっっっっ!!!」

 ラクウェルに淹れてもらった温かいミルクを飲んでいたパシフィカは、彼女のとんでもない台詞に思わず噴きだした。

「なっ・・・! 何てこと言うのよっ! ラクウェル姉っ!!」

「あら、だって〜」

「・・・・・・朝っぱらから何ふざけた事言ってんだ」

「あ、お帰りなさい、シャノン」

 買出しから戻ったシャノンも、姉の飛躍しすぎた発言に呆れて頭を抱える。

「お・・・・お帰り・・・・シャノン兄・・・・」

「・・・・おう・・・・ただいま・・・・」

 夕べの出来事が一瞬にして脳裏に浮かんだ二人は、お互い真っ赤になって瞳をそらしながらすれ違う。

 椅子に座るパシフィカの頭をポンと叩いて、シャノンは買ってきた食材をゴソゴソとより分け始めた。

「別におかしい事じゃないでしょ? 愛し合う男女が結ばれたら、そういう風に考えるのが自然じゃない?」

「だから、子どもなんか出来ないって言ってんだろ」

 ラクウェルとシャノンは、当事者の一人であるパシフィカを取り残したまま妖しげな方向へと話を進めていく。

「あの・・・・ちょっと・・・・二人とも?」

「あら、じゃあ赤ちゃんは出来ないように愛し合っちゃったって事?」

「だからさっきからそう言ってんだろっ!?」

 売り言葉に買い言葉。

 興奮したシャノンは自分が物凄くキワドイ会話をしている事に気付かない・・・。

「じゃあ、どうやって?」

「それはだなあっ! まず最初に・・・」

「うわーーーーーーーっっ!! もうやめやめっっ!! 下品な会話しないでよーーーーーーーっっっ!!!」

 ずれた論点であられもない内容の話を続ける兄と姉に、一人ツッコむ妹。

 三人の旅は、まだまだ続く。




                    

                                                                END

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          シャノxパシです。ラブラブです。(あ、いつもの事か)
          アニメの方は佳境に入ってますが、この話にはそんな事関係ありません。(笑)
          この作品も設定は義兄妹ですね。大好きです!!(^^
          乙女心をくすぐる年の差と身長差がたまりません!!!
          TRPGにも進出するそうです。
          かなりオススメなので、是非原作の小説を読んでみて下さい♪