Do you know・・・?
               





「綺麗・・・・ね・・・・」

 オージェル達がウェスペールの探索を始めてから早一ヶ月。

 ロゼータは彼らを支援する為に構えた店の一角にある小さなイスに座り、窓の外に

広がる美しい夕景を眺めながら一人呟いた。

 こんなにゆっくりと景色を楽しむのも、何だか久しぶりのような気がする。

 今だ治まらぬ騒乱の中で自分の心も少なからず余裕が無くなっていると知り、

彼女は思わず苦笑した。



 王国所属の騎士団を抜けて、もうどの位になるだろうか。

 二度と騎士には戻らぬと決め、彼女はこの仕事を選んだ。

 それは一度も後悔していない。

 けれど・・・・。



 カタン。

「・・・・誰・・・・?」

 人気も無く明かりも落とした店内に小さく響いたかすかな音。

 ロゼータは外の光が届かぬ暗がりの方向に目をやる。

「・・・・すまない。驚かせてしまったか・・・・」

「・・・・ガウェイン様・・・・」

 それは、ウェスペールの異変以来、オージェル達と行動を共にしていてあまり姿を

見る機会の無かった人物の来訪だった。

「何度もドアをノックしたのだが返事が無かったので、つい・・・・」

「それは・・・・申し訳ありませんでした。ちょっと考え事をしていたものですから・・・」

 決まりが悪そうに謝るガウェインに、ロゼータはにこやかに微笑んだ。

 室内の明かりを点け、騎士団時代の上官であったガウェインを中へと招き入れた

彼女は、温かいコーヒーを用意し彼へと差し出した。

「・・・・こうしていると、今が戦いの最中だというのを忘れてしまいそうだな」

「・・・・ええ、本当に・・・・」

 カップに口をつけた後、眩しいほど鮮やかに流れる雲を見つめて、ガウェインは

感慨深そうに言った。



 前回のシュロン戦役ほどではなく、この騒乱を知るのもごく限られた人間だったが、

それでもその最前線で戦っている者にとっては、やはり毎日が緊張の連続である。

 指揮官達もその部下も、心穏やかな日々とは無縁の日常。

 自分とて例外では無いガウェインも、今この時だけは、まるで別世界にいるかのような

静けさにほっとしていた。



「ロゼータ」

「はい?」

「この間は、すまなかったな」

「・・・・ガウェイン様・・・・?」

 テーブルを挟んでガウェインの向かいに座り同じくコーヒーを飲んでいたロゼータは

彼からの意外な言葉に一瞬戸惑った。

「お前が強い信念の元に騎士団を抜けたと知っていたはずだったのに、俺はあの時

軽率なことを言ってしまった。悪かったと思っている」

「・・・・・もしかして、その為にわざわざ・・・・?」

 ロゼータが驚いたようにガウェインを見ると、彼はゴホンと一つ咳払いをしながら

ふいっと顔を逸らした。



 オージェル達のウェスペール探索が始まって間もなくの頃、ガウェインは一度だけ

ロゼータに言ったことがあった。

 騎士団に戻る気は無いか・・・と。

 国の為に、そして仲間の為に再び剣を振るってはくれないかと。

 だがロゼータは断った。

 自分には自分なりのやり方がある。

 例え分かってもらえなくても、自分は剣以外の方法で力を貸し、助ける事を望んで

いる。ロゼータの強い意志を目の前にしてガウェインはその気持ちを汲み、その後

二人の間にその話題は一切上らず、ロゼータも話はあれで終わったものと思って

いた。



 きっと彼の中ではずっと蟠っていたのだろう。

 自分は無骨物で、こういう生き方しか出来ないのだと公言して憚らない人だ。

 でもロゼータはそうは思わない。

 むしろ人一倍相手の気持ちを慮る為に、時としてそれが空回りしてしまう、本当に

優しい人だと。

 “ 黒騎士 ” と敬意を持って人々にその名を呼ばれ、仲間や部下からの厚い信頼を

一身に浴びている人が、自分への詫びにわざわざ出向き、あまつさえ目元を少し

赤らめながら照れている。

 周りの人間を大切に思ってくれるその人の気持ちに触れて、ロゼータはとても温かい

ものを感じていた。



 緩やかに、二人の間に流れる優しい空気。

 だが、それを自ら断ち切るかのようにガウェインはゆっくりと立ち上がり、窓辺へと

歩いていく。

「ガウェイン様・・・・?」

 紫色に染まってゆく空をじっと見つめたまま無言で壁際に体を預けていたガウェイン

は、やがて静かに言った。

「・・・・傭兵の話を、引き受けたそうだな・・・・」

「・・・・・・・・・・・はい」

 つい先日、ロゼータはウェスペール探索の最高指揮官を任されているオージェルから

正式に傭兵の依頼を受けた。

 士官学校時代の先輩後輩であり仲間でもある二人の場合、傭兵というよりは

頼れる強力な助っ人と言った方が合っているだろう。

 だがそこに金銭がからんでくる以上、オージェルの立場上そうなってしまうのは

やむを得ないと言えた。

「相変わらず法外な値段を要求しているのか?」

「・・・・・30万ゾートです」

 彼女の答えに、困ったもんだ、とガウェインは苦笑した。

 しかし、ロゼータの高額報酬にもそれなりの理由があるのだと知っている彼は、あえて

何も言おうとはしない。



 それよりも、むしろ気になるのは。



「やはり・・・・オージェルの為なのか?」

「え・・・・?」

 先程とは打って変わったように真剣な面持ちでガウェインは続ける。

「俺にはお前の意思を変える事は出来なかった。だがお前は、オージェルの頼みに

あれほど拒んでいた剣を再び手に取った。つまり・・・・お前の心がそうさせたのだと

いう事なのだろう・・・・。違うか・・・・?」

「何故・・・・そう思うのですか?」

 ガウェインはふっと自嘲気味に微笑んで、伊達にお前を見ていた訳じゃない、と

呟いた。

「俺は、お前が士官学校に入った頃からずっとその成長を見てきた。日に日に逞しく、

強く、そして美しくなっていくお前を。・・・・・・気付かない訳が無い。いつもいつも

オージェルを見つめていたお前の姿に」

「・・・・・・・・・・・」

 何も言わないロゼータの表情にそれを肯定と受け取ったガウェインは、残りのコーヒー

を全て飲み干し、カップをコトッとテーブルに置いた。

「・・・・すまない。お前を困らせるつもりでは無かったのだ。ただ・・・・剣を振るう道以外

の生き方を知らない俺は、いつ何処で命を落とすやも知れん。そうなる前にせめて

自分の偽らざる心を知っておいて欲しいと思ってな・・・」

「・・・・・・・・・・・」

「・・・・・つまらぬ男の戯言だと思って忘れてくれ。・・・・邪魔をした・・・・・」

「お待ち下さい、ガウェイン様」

 ガウェインが、自ら作ってしまった重苦しい雰囲気に居たたまれぬようにその場を

立ち去ろうとした時だった。

「・・・・・本当に、忘れてしまってもいいのですか?・・・・何故、私の心を聞こうとなさって

下さらないのですか。・・・・私が誰を想っているのかを知ろうとして下さらないのですか

・・・・?」

「ロゼータ・・・・」

 思いがけず強い口調で彼女に呼び止められたガウェインだったが、

「・・・・・惚れた女の口から他の男の名を聞いて冷静でいられるほど、俺は出来た人間

ではないのでな・・・・」

と苦笑いをした。

 そんな彼を一瞥した後、

「それは、聞いてみなければ分からないでしょう?」

 違いますか? と言ってロゼータは自らも立ち上がり、先程までガウェインが立って

いた窓辺へと歩み寄る。

 外へと顔を向けたままのロゼータの言葉を、ガウェインはただ静かに待ち続けた。



「ずっと・・・・考えていたんです。何故また、剣を持とうと思ったのか。でもいくら考えても

答えは出ませんでした・・・・。確かにガウェイン様の言う通り、私はオージェルの依頼で

再び剣をこの手にとりました。でもそれは、恋愛感情からではありません。 それだけは

確かです」

「・・・・・・・・・・・」

「あの頃・・・・まだ私が騎士見習いだった頃、一人の男の子が目に入ってきたんです。

彼はこれからの未来に目を輝かせていて、希望に満ち溢れていた。

何だか、とても眩しかった・・・・。彼とはいい友人であり、頼もしい後輩であり、

同じ場所を目指す仲間でした。もしかしたら、恋なのかも知れない・・・・・。そう思った

事もありました・・・・。でも違ったんです」

「違った・・・・・?」

「ええ・・・・」

 ロゼータは更に続けた。

「オージェルが優れた才能を持っているのは私にもすぐに分かりました。彼が優秀な

騎士になるだろうことも。けれど、それと同じ位、危うい部分も併せ持っていた。

今の彼からは感じられませんが、少なくとも当時は諸刃の剣だった。 それは

ガウェイン様もお気付きだった筈です」



 確かに、ロゼータの言う通りだった。

 今でこそ若いながら騎士団を纏め上げられるほどの人物になったが、入団まもなく

の頃はその若さ故の情熱からか、強い力をただひたすら求めるような剣を振るって

いた。 その為、彼の著しい成長振りにはこちらの方がしばしば驚かされるほどだった

のをガウェインも憶えている。



「私はオージェルから目を離すことが出来ませんでした。そんな時、ある一人の

男性が私の心の中に入り込んできたんです。最初は自分でも分からなかった。

でも、気が付くとその人の姿を追っていて、見つめられるだけで鼓動が跳ねるんです。

いつもさり気なく相手を気遣ってくれて、強くて優しい、それでいて自分には厳しい。

私はいつしか、その人に自分だけを見て欲しいと思うようになりました。

それは、オージェルにはただの一度も抱いた事の無い感情だったんです。

私は、その人に恋焦がれている自分を知りました・・・・」

「・・・・その男に、気持ちを告げたのか・・・・・?」

 ガウェインの問いに、ロゼータはふるふると首を振った。

「その人はこの国の将来になくてはならない人だった。決して手の届かない人・・・・・

そう思っていました。私だけが独占していい人ではない。だからこの想いを告げる事は

絶対にありませんでした」

「お前にそこまでさせるとは・・・・・罪作りな男だな・・・・・」

 自分を買い被っているようなガウェインの言い方に、ロゼータはくすっと笑う。

「本当に、そうですね・・・・」

「・・・・・その男は、今どうしているのだ・・・・?」

「・・・・・今は・・・・私の・・・・目の前に・・・・・・」



 ロゼータの告白に、ガウェインは言葉を失った。



「ガウェイン様・・・・・。あなたは私がいつもオージェルを追っていたと言いましたが、

あなたの視線に気付いた私がいつもその後ろ姿を見つめていたと、ご存じでしたか

・・・・?」

 知らなかったでしょう? と呟いて小さく微笑んだロゼータの頬を涙が一筋伝い、

ガウェインはまた驚かされる。

 いつも気丈で、その心の内を滅多に見せない彼女が一体どれほどの想いを

抱えてきたのか、想像しただけで胸が締め付けられてどうしようもない。

「ロゼータ・・・・・っ!」

 そのあまりにも愛しい存在を、ガウェインは強く抱き締めた。

「何故・・・・言わなかったっ!・・・・・俺の想いに気付いていたのなら・・・・・何故もっと

早くっ!・・・・・そうすれば・・・・・お前がそんなに苦しむ必要はなかった・・・・・っ!」

 自分の事に手一杯で気付いてやれなかった悔しさと己の不甲斐なさに、ガウェインの

体は震えていた。

 その大きな背に、ロゼータの温かい腕がそっと回される。

「私はただ・・・・あなたの負担になりたくなかったんです。この国の王を、幾多の民を、

一振りの剣で守っていくあなたの重荷になりたくなかった・・・・。あなたの肩には、

この国の未来がかかっている。それを知っていたから、私は・・・・・。でも、それでも

この想いを忘れるなんて出来なかった・・・・。あなたに誤解されたままでいる事に、

耐えられなかった・・・・・」

「俺は・・・・お前に想われているのだと、自惚れてもいいのだな・・・・?」

「自惚れていただかないと、私が困ります・・・・」



 ガウェインはロゼータの体を抱き締めていた腕をはずし、代わりにお互いの指を

絡め合わせて背後の壁へと彼女の手の甲をそっと押し付けた。

「愛している・・・・もう、ずっと前から、お前だけを・・・・・」

「ガウェイン様・・・・・」



 啄ばむように繰り返された口付けが、次第に深くなってゆく。

 今までのお互いの時間を埋めていくかのように、何度も角度を変えては奪い合った。

「うっ・・・・・んっ・・・・・っ」

 唇は時折くちゅっと音を立てて離れ、また激しく重なり合う。

 密着した二人の体は徐々に体温が上がっていき、口の端を伝う透明な雫も、

もうどちらのものか分からなくなっていた。

「んんっ・・・・・っ!」

 痛いほど強く舌を吸い上げられて、ロゼータの指に力が込められる。

 漸く唇が離れた頃には、もう彼女は自分の体を支えられずにガウェインにかろうじて

抱き抱えられている状態だった。

 二人の顔が真っ赤に染まって見えるのは、決して夕焼けのせいだけではない。

「す・・・・すまなかったな、ロゼータ・・・・・。いきなりこんな風にするつもりは無かった

のだが・・・・」

「いえ・・・・あの・・・・・・・はい・・・・・・」

 さすがのロゼータも殆ど免疫の無いこの状況に動揺を隠せない。

 次に彼に逢った時、普通に接する事ができる自信は、この時点でもうかなり少なく

なっていた。



 いつの間にか夕陽も西の空へと沈み、辺りはすっかり暗くなり始めている。

 ロゼータを抱き込んだまましばらく床に座り込んでいたガウェインが静かに囁く。

「先程お前が言った言葉を一つ訂正したいのだが・・・・」

 耳元で優しく響くガウェインの声に、ロゼータは彼の胸に埋めていた顔を上げた。

「・・・・お前は俺の負担になりたくなかったのだと言ったな。だが俺の考えは少し違う。

人は誰かを大切に想うからこそ、いくらでも強くなれるのだと思っている。

それが自分にとって唯一の人であるなら尚のこと。それこそが真の強さなのだと。

たった一人の愛する者を守れぬ人間に、国など到底守れはしない」

「ガウェイン様・・・・」

 泣き笑いのような表情で自分を見上げるロゼータに鼓動が早くなるのを感じた

ガウェインは、焦りを隠しきれずしどろもどろになり始めた。

「そ・・・それから・・・・名前・・・・なのだが・・・・・様づけは・・・もうやめて貰えると・・・・

有難い・・・」

 普段は一目置かれる立場の彼も所詮は人の子。

 愛する人の前ではただの男だ。

 思わず可愛いと思ってしまったとは絶対に言えない、とロゼータは考えながら、

「それは無理です。いくら騎士団を去ったとはいえ、傭兵である以上あなたは私の

上官ですから」

ときっぱりと断った。

「そ・・・・そうか・・・・・」

 仕方が無いな、とガックリと肩を落とすガウェインに、ロゼータはくすくすと笑いながら

耳打ちをする。



『この騒乱が治まって、剣を置いたその時はきっと・・・・・』



 彼女の言葉にガウェインは嬉しそうに、そうか、とまた呟いた。



 翌日からロゼータはオージェル達と合流し、ガウェインと共に探索に加わる事に

なった。何故再び剣を持つ気になったのか、という問いにはまだ答えは見つからない。

 でも、少なくとも彼と共に戦える事実は自分の中に明確な意味を持つ。

 今はそれだけでもいいと、ロゼータは思っていた。



 この日から二人は恋人となった訳だが、恋をしているからといってこれまでの日常が

それほど変わる訳ではなく。

 相変わらず暴利を貪りオージェルに泣きを入れさせているロゼータに、

「・・・・ほどほどにしておけよ」

とガウェインは優しく諭したが、

「人生は厳しいものですから」

 彼女はにこやかに微笑み、 “ ロゼータ最強説 ” を不動のものにしていった。



 ガウェインには以前にも同じ事を言われたのを思い出す。

『あんまりいじめてくれるな』 と。

 自分ではそういうつもりはなくても、ついついからかってしまいたくなる後輩の存在に、

まるで母親のような気持ちになるのを感じずにはいられない。

 年が離れている訳でもないのに妙なものだと思う。

 多分、彼にはそうさせる何かがあるのだろうと自分を正当化しながら、ロゼータは

最前線へと向かっていった。



 答えは案外、単純なのかも知れない。








                                        END



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       「Angelic Vale」よりガウェインとロゼータのお話。
       このゲームをやった事のある方ならご存知だと思いますが、
       ショップイベントでの先輩の言動は理解できません。(笑)
       こういう人には理論派よりも、情が深くて一直線な男性が
       似合うと思うのです。(エラそう)





    
  








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