後先考えず・・・












 思えば、その時の自分はかなり煮詰まっていたのかも知れない。

 恋人として想いを通じ合わせたものの、お互いの立場上なかなか逢う時間が持てなかった事に。

 そして何よりも、己の存在が、最後の砦に成り得なかった事に。










「ったく・・・・、信じらんねー。普通あそこで、あんな事言うか?」

「・・・・だから、悪かったと言っているだろう」

 ベッド脇の椅子に脱いだ制服を掛けながら、もう何度目かの謝罪の言葉を口にする。

 にも関わらず、愛しい恋人は拗ねたように頬を膨らませ、一向にこちらを見ようとはしない。

 まぁ、仕方が無いと言ってしまえば、それまでなのかも知れないが・・・・。





 リゼンブールに到着したその日の深夜。

 ロックベル家に迎えられ一夜の宿を借りた私の部屋で、エドワードは頭を抱えんばかりに憤慨しながら

文句を言ってきた。

 それもこれも、全ては自らの発言が招いたものだが、それでもいま一つ釈然としないものがある。




『何故、すぐに私の保護を求めなかったのか!』




 リオールの街を逃げるようにして離れ、故郷へと戻ったエドワードと再会した時。

 心配を通り越して怒りに駆られていた私は、彼に向かって思わずそう叫んでいた。

 最後の最後で、自分に頼る事をしなかった彼への悔しさと歯痒さ。

 もどかしいほどのジレンマ。

 それら全てが綯い交ぜになって。

 どうしようも無く体が震えていた。

 言われたエドワードにもそれが分かったのか、虚を突かれたような表情の次には、バツが悪そうな、

それでいて安心したような笑みが浮かぶ。

 振り回されているのだと分かってはいても。

 それでも、求めずにはいられない。

 ありのままを受け入れてくれる存在に、出逢ってしまったが故に。

 置かれた周囲の状況もすっかり忘れ、勢い込んで声を荒げてしまった私は、自分の行動をほんの

少しだけ恥じた。





 この時。

 その時点で、話は完全に終わるはずだった。だが、そうは問屋が卸さなかったのである。

 エドワードとは恋人同士ではあるものの、軍務で同行した部下の手前それをあからさまにする事は

流石に憚られる。

 故に、それは部下を憂いた額面通りの言葉の筈だったのだが、どうやら中尉を始めとした他の連中は

当然とばかりに別の解釈をした。




 涙ぐましいまでの健気さ。




 私の発言をそう捉えた彼らは、まるで憐れむような諦めにも似た笑顔で脱力し、目の前にいるエドワードの

肩を次々にポンポンと叩いていく。

「エドワード君。大変だと思うけど、大佐の事、宜しくお願いするわね」

「・・・・は?」

 全く失礼極まりない話だが、ここはあえて無視をする。

「久しぶりの逢瀬を邪魔したりしないから、今夜は心置きなくゆっくりしてくれ」

「あの、ちょっと?」

「エド、部屋はマスタングさんと一緒でいいわよね」

「いや、だから」

「兄さん、ファイト!」




「っ・・・・いい加減にしやがれっっ!!」





 結果的に、あの時私があんな台詞を言わなければ自分はこんなに恥ずかしい思いをする事は

無かった、と顔を真っ赤にして怒るエドワードに、不本意ながらも謝らざるを得ない事態となった。

 だが、そのお陰で図らずも共に一夜を過ごせるのだから、彼らには感謝をしなければなるまい。

 私に対する誤った認識については、この際不問にしてやろう。




「そろそろ機嫌を直してくれないか?・・・・エドワード」

「なっ・・・・!」

 いまだ怒りの収まらない彼の、見た目よりもかなり柔らかい感触のその金色の髪に指を差し入れながら、

二人きりの時にしか呼ばない名を口にする。

 それは暗黙の了解でもあり、また、自分を抑える為のけじめでもあった。

 途端、更に朱に染まる少年の頬。

 だが、その意味合いは先程までとは明らかに違う。

 空気が甘さを含んだ気配を感じたのは、きっと私だけでは無いだろう。

「そもそも私は君の心配をしただけであって、責められる事は何一つ無いと思うんだが」

「う・・・・・・それは・・・・・・そうだけど・・・・・・」

 理不尽な怒りの矛先を向けてしまった事に決まりの悪さを覚えるのか、ベッドの上にぺたんと座り込んだ

格好でエドワードはプイッとそっぽを向く。




 そんな仕草の一つ一つが男の情欲を煽るのだと、彼は果たして気付いているのだろうか。

 決して線が細い訳ではないのに、それでも、強く抱き締めたらあっさりと折れてしまうのではないかと

錯覚させるようなしなやかな肢体。

 ほんの少し尖らせた唇も。

 僅かに伏せられ、小刻みに震える睫毛の先までも。

 沈み込んでいた熱を引き出すには、あまりにも充分すぎる要素。

 飢えた狼へと変貌を遂げる獣の眼前に、餌として晒されている姿を分かろうとしないのは、罪悪なのだと。




 限りなく己の分が悪い方向へと進んでいるのが気に入らないらしく、気まずい沈黙を破るようにエドワードが

口を開く。

「・・・・・だ・・・・・だいたいっ! こんな状況になったのだって、アンタが ―――― 」

「私が」

 しかし抗議の言葉も、畳み掛けるようにそれを打ち消す。

 無機質な機械鎧の肩を柔らかなベッドへと押し倒し、綺麗に編まれた髪をするりと解けば、それは流れるような

波を描いてパサリと広がった。

「私が、どんな想いで此処まで来たのか・・・・・あれから一瞬でも考えたか?」

 上から覗き込んだ彼の瞳が大きく見開かれる。

 分かっているのに、あえてそれを口にする。

 全てを、手に入れる為に。

「大佐っ・・・・」

「ロイ、だよ、エドワード。こういう時はそう呼ぶように教えただろう?」

「っ・・・・・!」

 もう忘れてしまったのか? と、再び教え込むように耳元で甘く囁けば、組み敷いた体がびくんっと震えた。

 気の強い瞳は一時も揺るがず。

 恥じらいながら見せるそんな反応すらも、愛しくてたまらない。

 しかし、生殺しのような愛撫に耐え切れずエドワードが音を上げるのは、既に時間の問題。

 抱き込んだ肌の温度が、徐々に上がり始めるのがその証。

「やっ!・・・・もう・・・・・やだっ・・・・・っ!」

「リオールにいる筈の君が居なくなったと聞いて。あまつさえ、私の元へ来る事も無く逃げるように何処かへ

向かったと知らされた時。君の信頼を得る事は出来なかったのかと、どれだけ打ちひしがれたか ―――― 」

「わ・・・・分かったからっ!・・・・ごめんっ! 謝るからっ!」

 悲鳴にも似た懇願が室内に響く。

 だからもう勘弁してくれと、息遣いも荒く涙を溜めた瞳で訴えられて、危うく吹き飛ばしそうになった理性を

必死で引き止めた。

 そんな表情はかえって逆効果なのだと、本当に何時になったら気付くのだろう、この少年は。

「・・・・その言葉に嘘は無いだろうな?」

 心に去来する感慨を微塵も見せずに、やや恨めしげな視線を送ると、エドワードはウッ・・・・と声を詰まらせた。

 少年の示す態度がいちいち思う壺で、何だか罪悪感さえ覚えてくるようだ。

 彼の背に回した腕を軽く緩めてやると、あからさまにホッとした表情を浮かべられるのは、大変面白く無いのだが。

 けれど、ここでまた気分を損ねるような真似は出来なかった。

 こんな時、こちらが譲歩を見せれば、本来真っ直ぐな気性の彼は驚くほど素直になるのを知っているから。

 もしタイミングを間違えたなら、それこそ本当に後が無くなるのは必定。

「・・・・俺・・・・」

 エドワードは、それでも私の体の下から逃げ出す事はせずに言葉を紡ぎ始める。

「俺は、別に大佐を ―――― 」

「ロイ、だ」

 再び階級で呼ぶ少年に、即座に訂正を促す。

「っ・・・・ロ・・・・ロイ、・・・・を信用してなかった訳じゃなくて・・・・ただ、あのまま軍に近付く事は危険だと思った・・・・。

とにかく、一度リゼンブールに帰ろうと。・・・・だから、アンタの存在を忘れてた訳じゃ・・・・」

 しどろもどろになりながらも、エドワードは精一杯の誠意を伝えようと必死になる。

 それだけでもう、他の事はどうでもいいと思える程だけれど。

 でも。

 君には悪いがもう少し付き合って貰うよ。

 何たって私は、卑怯で姑息な大人だからね。

 君を逃れられなくする為なら、なりふりなど構ってはいられないんだ。

「なるほど。それを聞いて安心したよ。何しろあの時は、本気で君を恨めしく思ったからな」

「だっ・・・・だからっ! 分かってるって言ったじゃねーか! しつけーぞっ! 大佐っ!」

「ロイだと、何度言ったら分かるんだ?」

 だからいまいち信じられないんだ、と返した途端、エドワードはもうこれ以上何を言っても無駄だと思ったのか、

金色の髪の毛を無造作にグシャグシャと掻き回しながら叫んだ。

「あーもうっ! 分かったよっ! 何でもいいからアンタの気の済むようにしろよっ!」

「そうか。ではお言葉に甘えて、朝まで、私の気の済むまでじっくり相手をして貰うよ」

「なっ!・・・・・ばっ・・・・」

 ニッコリと笑ってその鋼の右手をガシッと掴まえた私の目に映るのは、絶句してわなわなと震えるエドワードの姿。

 それこそ、信じられない、という顔をしている。

 今夜、この場所で、この先の行為があるとは夢にも思っていなかったんだろう?

 本当に君は、期待を裏切らないね。

「馬鹿なこと言ってんじゃねーっ! ここを何処だと思ってんだ! ウィンリィの家なんだぞ!?」

「ああ、そうだな。つまり、ここがもし他人の家でなければ、君は私の今の申し出を断らないという訳だ」

「なっ!・・・・っち・・・・違っ・・・・!」

「違わないよ、エド」

 君自身が、証拠だ。

 君の態度が既にそれを物語っている。

 濃厚に愛されるのを期待している。

「ほら・・・・もう・・・・我慢出来ないだろう・・・・・?」

「っこの・・・・!・・・・エロ大佐っ・・・・・!」

「ふ・・・・聞き分けの無いコには、お仕置きだな・・・・・」

 唇を強く押し付けて、奥まで貪る。

「んむっ・・・・・!」

 そう。

 それが、始まりの合図。

 君はそうして、いつも私に騙される被害者でいればいい。

 そうすれば、私はいつだって、どんな手段を使ってでも、この存在を君に深く刻み付ける。

 聞く者を奮い立たせる程の悩ましい喘ぎも。

 狂ってしまいそうな程に高まってゆく快感も。

 全てを私のせいにして。

 蕩けてイッてしまえばいい。




 明日の朝が楽しみだよ。

 きっと君は、誰よりも綺麗になっている筈だから。

 この私の手の中で。





                                                     


                                                  END

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     鋼44話に触発されたお話。
     へたれっぷりも武器にする、ロイ・マスタング、29歳、崖っぷち。
     この回、マジで翌朝の豆のあまりの美しさに、一体何があったんだ・・・っ!と
     叫びました。(殴)
     ところでこれって、裏対象じゃないよね・・・・?(不安)