エアメール
 里緒と結婚して間もなくの頃、一通の手紙が届いた。

 差出人の名前を確認すると、それは海外で暮らしている涼からの物。

 里緒宛てかと思ったが、宛名はどう見ても俺の名前。里緒も兄からの初めての手紙を読みたいだろうと

思ったが、何故か俺は手紙の事を彼女に言えず、結局そのまま自分の部屋へ持っていき、封を開けた。

 中には、びっしりと文章が書かれた便箋と、一枚の写真が同封されていた。




   『嘉納亮  様



    亮、元気か?

    20年以上会っていないお前に、こうして手紙を書くのは何だかおかしな気分だ。

    まずは結婚おめでとう。相手は里緒だってな。昔からお前は里緒の事になると頑として

   譲らなかったからな。ケガをしたあいつを俺がおぶろうとしても、自分がやると言って

   聞かなかったり・・・。そんなお前の様子を覚えていたから、母さんから、お前が里緒と

   結婚すると聞いた時も驚かなかったよ。むしろ、自然の成り行きだと思った。

    里緒ももう20歳か。何だか月日の流れを感じるよ。

    俺の事は母さん達から聞いているだろうけど、今は、港町で漁師をしている。子供の頃の

   事故のせいで、一時期、水恐怖症になってしまったが、今はもう克服した。

    俺を拾ってくれた船の人達は良い人ばかりで、言葉もろくに分からない俺にとても優しく

   してくれてね。その時の船の船長が、俺に漁師になってみないかと言ってくれた。

    さすがにその船は密漁船だったから、もちろん正規の仕事の方を勧めてくれたんだ。

    日本や家族が恋しくなかったと言ったら嘘になるが、俺はこの地で生きていこうと決めた。

    もちろん後悔はしていない。それに、父さんや母さんが時々、というより頻繁に電話を

   くれるからね。電話代は大丈夫なのかと、こちらが心配する程だ。

    お前達の事も聞いた・・・・。

    お前と里緒が実の兄妹かも知れないと悩んでいたと。俺も母さんから話を聞くまで、お前が

   鈴原の実子として育ったとは知らなかったんだ。お前はずっと自分の名前が 『亮』 ではなく

   『涼』 だと思っていた。取るべき戸籍を間違えたというのは、そういう事だろう?

    俺が居ない事で2人には辛い思いをさせてしまった。申し訳なく思ってる。

    遠く離れた俺が今更言える義理じゃないが、どうか父さんと母さんを、そして里緒を大切に

   してやってくれ。側に居られない俺の分までどうか・・・・。

    俺は多分、これから先も日本へ帰る事は無いと思う。この地に骨を埋めるつもりだ。

    お前達の幸せをいつも願っている。この空の下から。

                                
                                大切な俺の従兄弟へ


                                                    鈴原涼  』




 手紙を読み終えた俺は、しばらく動けなかった。

 幼い頃の水難事故のせいで、俺なんかよりもっとずっと辛かったであろう彼が、こんな風に思ってくれて

いたなんて。手紙を手にした時、何故、里緒に知らせたくないと思ってしまったのか、分かったような

気がした。おそらく俺は、彼に無意識下でコンプレックスを抱いていたのだ。母さんから、彼が海外で

生きている事、自分の道を見つけて頑張っている事、困難に打ち勝ち前向きに生きている事。

 それらを聞いて、自分など到底適わぬような、嫉妬にも似たライバル心が有ったのかも知れない。

 彼が、里緒の兄であるという事も、この思いに拍車をかけた要因の一つだろう。

 俺は苦笑してしまった。

 俺は俺の信じる道を行けば良いだけなのに、何を考えていたのだろうと。

 今更ながら、彼の言葉に教えられたような気がした。

 大きく一つ深呼吸をして、同封されていた写真をしばらく見つめた後、

「里緒、涼から手紙が来てるぞ」

 と彼女に声をかけ、自分と瓜二つの顔で真っ黒に日焼けした涼の写真を封筒にしまい、俺は部屋を

後にした。



                      
                                                        
END